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たぶらタブロー

作者: ヒサ

 お芝居が好きな子だった。

 小さい頃に観た何だったかの舞台が影響でお芝居に興味を持ち、友達と一緒にお芝居ごっこなどやっていたくらいである。当然、小学校の学芸会では気合が入りまくり、そういう機会に目立ちまくる女子として同級生に記憶されている。

 中高時代は当然演劇部に所属。そして当時からの夢は「東京の劇団で看板女優になること」だった。どこでそんな知識を仕入れたのかはわからない。そのため「将来は国語の先生になりたい。そのために東京の大学に行きたい」という理由による東京の大学進学も全力で遂行。無事に合格して上京。

 だが、ここで大きな壁にぶつかることになる。

 身長一四〇センチメートル。

 江藤たぶら本人の身長である。それに対し、大学の演劇サークルは高身長でスタイルもよく、とっても綺麗な女優志望の子たちであふれていた。

これは勝てない。

 一応たぶらも「かわいい」と言われてはいた。が、それが目指している可愛さではないことは、当然気がついている。そんなハンデを抱えている上、身長はさらにどうしようも無いハンデである。

 不利な条件を変えるのは戦略である。いつだったかゲーム好きの弟が言ってたことを思い出す。そんな折、たぶら的にかなりな朗報を耳にする。

「新しい劇団が旗揚げ準備をしている」

 その情報をくれた友達を拝み倒し、たぶらはその中心人物とも言える先輩を教えてもらう。「紹介」で無いのは、その話をくれた友達も一方的に知っている人でしかなかったため。また別の言い方をすれば、相手はローカルながらそれだけ有名な人という事であった。

 劇団魔人飯店(”げきだん ましんめさいあ”と読む)を脱退した演出家、田沼弘樹が知り合いの役者を集めてもっと気楽な劇団をつくろうと思ったのは、劇団内の人間関係に苦労してたからだという声が強い。同じく、同時に脱退した仲間の役者、吉村崇、佐々木秀樹、マーヴィン(日本人)らと、「こんなことやろうぜ」と大学内の学食で話し合ってたところを、たぶらが直撃したのは、それからすぐの事だった。

 午後の学食の一角。烏龍茶のペットボトルなどをテーブルに並べ、談笑してるアマチュア演劇人のもとに、ちんちくりんの女の子が息を切らせて登場。

「劇団、旗揚げするんですよね? 私も入れてください!」

 突如乱入してきた飛び入りに目を丸くする一同であったが、座長となる田沼がやんわりと対処する。

「ごめんね。男だけの気楽な劇団なんだ」

 だが、簡単に引き下がるたぶらではなかった。

「じゃあ、女の子が必要になったらどうするんですか?」

「外部からゲストの女優さん呼ぶから」

「でも、女の子いると華やかで雰囲気良くなりますよ?」

「でも、劇団内恋愛とか変な精神戦とか起こって厄介にもなるんだよね」

「あたし、だめですか?」

「機会があったら声かけるから。今回は残念だね」

 柳に風、のれんに腕押しな座長田沼はにこやかに対応してくれたが、この後、彼は地の人格を表す必要に駆られてくる。

「座長、こんにちは。私、入れてください」

「また来ちゃいました、入れてください」

「私がんばりますから、入れてください」

 夜討ち朝駆けで神出鬼没なアピールを続けるたぶらに、同じ顔を続けられるほど座長田沼も人格者ではない。

「だから、女の子は入れないって」

「だめ。しつこいな君も」

「だーかーらー! ダメって言ってるじゃん!」

 そんなある日、たぶらは学内のベンチで談笑している座長田沼の姿を見かける。いつもとは違うアプローチでと考え、わざとベンチの後ろから回りこみ、甘えた声で話しかけた。

「ひろきさぁん、何してらっしゃるのぉん」

 驚いた表情で振り向いた顔は2つ、座長田沼弘樹さんと、一緒にいた見知らぬ女の子。推定、彼女さん。

 その彼女さんが聞く。

「誰? この子」

 ゾンビばりに不自然な反応の座長田沼が答える。

「し……知らない」

 マッハの速さで自分の大失敗に気付いたたぶらがフォローを入れる。

「私、座長の劇団の新人です!」

 それを聞いた彼女さんが座長田沼に返す。

「新しい劇団には女の子入れないって言ってたよね?」

「そう! 入れない!」

 目一杯テンパった不自然な座長田村の反応を受け、一瞬の間を置いて零下数千度の声が響く。

「嘘ならもっとうまく付けば?」

 絶対零度を超える態度でバッグを持ち、その場を立つ彼女さん。一生懸命フォローを入れようと必死になってる座長田沼の反応に恐れおののき、たぶらは、全力で逃亡した。


 翌日たぶらは学校近くの立ち飲み屋で、一人で暗く飲んでいる座長田沼の姿を見かけた。「ああ、ダメだったんだな」と理解できたものの、その原因は自分であることに変わりはない。気づかなかったことにして通りすぎようともしたが、それには自分の中の天使も悪魔も揃って大ブーイングをかましていた。悪魔、あんたもなの? と理不尽さを感じつつ、それ以上に感じていた人間としての罪悪感もあり、勇気を持って立ち飲み屋の一角に足を踏み入れた。

 何杯目かの酎ハイのジョッキを持った座長田沼は、近づいてきたちんちくりんを怒鳴りつけるようなことはなかった。それでも話しかけづらいオーラを噴き出しているのは、たぶら本人にもよく判った。それでも、と、勇気を出して話しかけた。

「あの、昨日はすみませんでした」

「何しに来た?」

「すみません」

 それ以外の言葉が見つからなかったが、今回ばかりは逃げる気にもならなかった。

 無言の時間はそんなに無かったはずだった。それでもたぶらには数十分もの長さに感じられた。

 座長田沼が口を開く。

「で、何でお前は俺の劇団に入りたがるんだよ」

「看板女優になりたいんです」

「何の?」

「格好いい小劇団の」

 イナゴの佃煮をいくつか口に入れ、それを咀嚼しながら、座長田沼はたぶらに一冊の文庫本を渡した。

「読んでみろ。役者として」

 えっ? と軽く声を上げるも、たぶらはそれがオーディションであるとすぐに理解した。でも、どの辺をどう読んだらいいのか見当がつかず、少しまごついた。その様子を見て座長田沼が言う。

「減点イチな。まず、ここは立ち飲み屋。お前の客は俺一人だから、周りの迷惑にならないように。それと、読む場所は適当でいい。初見の文章とセリフに感情移入してみそ」

 酎ハイのジョッキに口をつけながらたぶらの朗読を待つ。

 たぶらは心を決め、適当に開いたページを友達に話しかけるような声で読み始めた。本の内容は知らない小説で、おそらく昭和の家族もののようだった。

 五分ほど読んだ所で、座長田沼からストップがかかった。それでもたぶらは「どうでした?」と聞くことが出来なかった。

 隣のカウンターを片付けに来た店員さんが座長田沼に話しかけた。

「田沼くん、その子、誰?」

 その問いかけに、こう答えた。

「俺の劇団の新人。しつけーんだ、こいつ」

 言葉もなく、たぶらの表情が輝く。

「ただし、当面は普通の女の子の役とか一切回さないからな。文句あるなら出てけ」

「あ、ありがとうございます」

 ほっと気の抜けた開放感からか、望みが叶った喜びからか、たぶらがウーロンハイを頼んだ。だが座長田沼がそれを取り消した。

「お前は未成年だろうが」


 本名、江藤貴代。中学時代、演劇部の友達の家で芸名をつけようなどと話していた時、その友達の部屋にあった打楽器のタブラから命名された。命名主はその友人。命名理由は特になく、「ゴロが良かった(Byその友人)」とのことだが、後日その友人が「あれって、鳴らそうとしてもいい音しない上に変な存在感だけがあるんだよね」と言ってたことがたぶら的には印象的であった。なお、その後はみんなから「たぶら」「たぶちゃん」などと呼ばれて、現在に至る。

 このたぶらが劇団に入団する際に、みんなに紹介されたときの話。ワンマン座長の決断は劇団内で波乱を呼ぶかと思いきや、そんなことは無かった。まあ、話を一人で作り、稽古場の手配や関係業者との交渉も一人でこなしている、実質全権を把握しているリーダであるからか、意外と反対意見は出なかった。「あ、そうなの?」って感じですんなり受け入れたれたのだ。ついでに、「なんでルールを曲げて」という疑問には「こいつがしつこいから」という説明が付け加えられたが、座長の破局に深く関わってるあいつかということで周囲から一目置かれたのも事実だった。

 無理言って潜り込んだ劇団の名前は「レザボアドッグス」「ドッグイートドッグ」「カニバケツ」などの候補を抑え、「白昼夢日記はくちゅうゆめにっき」と決まった。たぶらは「”夢日記の看板女優”かあ」などと浸ってたが、無理言って入ってきた新入りにそんな時間は与えられなかった。稽古場の掃除、備品や小道具の整理、コピーなどの雑用、他の役者の使いっパシリ、飲み会の時の迷惑抑え(吐瀉物の始末含む)、その他もろもろの仕事を仰せつかいまくった。それでも旗揚げ公演で役をもらえたことは本人としても「第二関門クリア」な出来事ではあった。ちなみに第一関門は劇団に潜りこむこと。ついでに役柄は「リュックサックから何でも取り出すドラえもんのように便利なチビで童貞のバリスタ見習い」。出番は上演時間二時間中、前半に五分、後半に七分。稽古中、今まで触れたことのないような芝居の内容に衝撃を受け、さらに無理言ってつきまとった座長にそこまで才能があったのかと、こっちでも衝撃を受けた。本当に知らないで入団をアプローチしていたことは誰にも話していない。


 そして、第二回目の公演でたぶらは主役に抜擢された。ただし、やはり男の子として。ちなみに役柄は「アイドルオタクの冴えないチビの男の子」。そしてこのときの舞台が評価され、夢日記の知名度は上がっていった。

 でも天狗になっている暇はなかった。というか、そうなりそうなときは、その鼻が伸びる前に叩き折られた。

 一般からの注目や演劇メディアからの取り上げられ方に喜んでいるとき、たぶらは座長田沼に呼ばれた。

「お前は身内だから、はっきり言ってやる。お前はチビだから使いづらい」

 舞台が評価されたことから身に付いた少しの自信を持って、胸を張り返す。

「でも、そういう欠点も魅力に変えられるような演技を目指しますから」

 だが、座長の言い方はシビアというかシベリアの平原に置き去りにするような厳しさやら冷たさやらに満ち満ちていた。

「勘違いするな。欠点は欠点だ。それに無駄にポジティブなのは傍目にも迷惑」

 その後、しばらくたぶらが落ち込んだのは当然と思われた。それでも復活後のたぶらの芝居は以前とはちがう深みが加わっていたのは周囲も認めるところだった。ただ、たぶら本人は言う。

「あれ、本気で悩んだんですからね」

 座長本人が何を考えていたのかはその様子からは伺えず、また何のコメントもなかった。


 第三回、第四回と公演を重ね、借りられる小屋も大きくなってきた頃、劇団に転機が訪れた。座長田沼にテレビの制作会社から声がかかったのだ。もともと話を作ってそれで食っていきたいという希望を持っていた座長田沼的には、十分喜ばしいことであった。そして劇団用に取っておいたアイデアからいくつかをテレビの企画に提出したところそれが採用となり、同時に夢日記の役者数名もテレビ進出となった。ちなみに吉村、佐々木、マーヴィン(日本人)、たぶら入団後に入ってきた女優の西野飯カナ(テレビ出演時には西野井かなこに改名)、そしてたぶら。特にたぶらは「汚い言葉を吐くチビの女子大生」という目立つ役だったこともあり、世間の関心を集めた。

 その後、ドラマの好評を受け、地方局の深夜ドラマに座長田沼が起用された。北海道の居酒屋チェーンとのコラボによるドラマで、その店舗を舞台にしたコメディであった。そして、座長田沼は東京からたぶらを連れていくことにした。ちなみにドラマでのたぶらの役柄は”しょっちゅう未成年に間違えられるチビの店員”。もはや文句など言っても無駄なのをわかっているたぶらは黙って芝居をこなした。そして、このドラマのヒットを機に、劇作家田沼弘樹(と、女優江藤たぶら)の名は広まっていくことなった。また、ヒットしたドラマは北海道外でも放映され、全国的な人気をモノにし、同時にスポンサーの居酒屋チェーンも事業を拡大し、その立役者としての座長田沼(と、たぶら)は後々恩恵を受けることになる。

 このヒットしたドラマが終わり、うちあげやら慰労パーティーやらが終わった頃、新たなドラマの話を座長田沼が持ってきた。劇団の事務所に借りている小さなビルの一室でのことだった。

「次のドラマはお前を主役に考えている。また深夜枠からの出発だけど、子供受けする、それこそちびっ子に人気の出るコメディだ。お前の演じるキャラを中心に話を作るので、正直お前以外に主役を考えていない。どうだ?」

「ちびっ子に人気のコメディの主役ですか! 絶対やります! イエス!」

 たぶらは即答した。思い切り興奮気味に。

「ありがとう。じゃあ、早速話進めるわ」

 座長の言葉を聞き、テンションの上がったたぶらが続けた。

「ところで、何の役なんですか?」

「人魚だよ」

「あああああ、もう最高じゃないですか!」

「ただし、イワシの人魚ね。小魚だから、お前」

 アンチョビー(かたくちいわし)のアン姉ちゃんとしてのコメディは、当初深夜枠という事もあり、危ない時事ネタも多数含まれてたものの、たぶらの愛らしいルックスとウィットに富んだ会話の応酬で人気を勝ち取っていった。そして、座長田村を始めとした製作陣の思惑通り放送時間が繰り上がり、子供にも大人気となり、たぶら個人もイワシのアン姉ちゃんとして人気をモノにしていった。さらには吉村、佐々木、マーヴィン(日本人)、西野井といった夢日記組も参加するようになり、劇団としても知名度を上げていくこととなった。

 しかしながら、同時に放送時間が繰り上がったことによりネタの制限もかけられ、危なさが売りの脚本には毒が無くなったとの批判が寄せられ、人気に陰りが出てくるようになった。

 だが、そこで黙って沈んでいく小劇場出身者たちではなかった。直接言葉に出来なければ、演技で伝えるという手段がある。ひねくれた芝居ばかりしている夢日記出身者たちは力をあわせて、座長田沼が立場上書けなかったセリフの裏を、細かな芝居のニュアンスで伝えた。結果、以前より危ないコメディとして知られるようになり番組は息を吹き返した。しかし、その頃から脚本に外部の作家が起用されることになった。

 件のビルの一室で座長田沼はボソリとつぶやいた。

「遊びすぎたかな?」

 きっとそうですよと周囲のスタッフや役者が同意するように、新しい作家陣の脚本は無難で、かつ定番のギャグを繰り返すというものとなり、やはり人気は落ち、番組自体打ち切りの憂き目にあった。

 だが、たぶら個人にはまだ仕事の呼び出しが続いた。イワシのアン姉ちゃんは万民受けするようなポップさに溢れ、番組とは関係なく「使える」キャラクターだったからだ。その上、劇団白昼夢日記所属という立場から大手の芸能事務所に引き抜かれ、今まで無かった仕事も増えていくことになった。

 一方、夢日記は舞台の活動を再度活発化していった。でも、当然そこにたぶらの姿は無かった。久しぶりの制作発表の場、「テレビ業界で遊びすぎて追放されました」というコメントを出して笑いと同意を買った座長田沼は初心に戻り、気楽で危なく毒も山盛りながら笑って泣ける芝居へと回帰し、以前からのご贔屓筋の人気を回復していった。

 打ち切られたはずのドラマに映画化の話が出たのは、ほぼ同時期だった。脚本は不評を買ったライターによるもので、もはやドラマは原作者の手から完全に取り上げられていた。イワシのアン姉ちゃんとして現場を抜けることのできないたぶらは、製作陣の言うとおりに仕事をこなすが、同時に夢日記の公式HPに掲げられた次回公演の告知に、寂しさを覚えていた。だが、巨額の制作費、宣伝費をかけ、様々なタイアップの中でキャンペーンやバラエティ出演をこなしながら、たぶらにできることは今の仕事を全うすることしかなかった。


 慌ただしい映画の制作と公開、それに伴うさまざまな仕事もひと通り落ち着き、女優江藤たぶらの生活に落ち着きが戻ってきた。その頃には吉祥寺のマンションに暮らし、女優として成功しているたぶらであったが、夢日記の公演に参加できないことには苦痛を感じていた。それでもたぶら抜きの劇団は公演を行い、新しい姿をアピールしていった。そして、座長田沼には別の映画製作やサブカル雑誌への寄稿の話も舞い込みはじめ、座長個人としても劇団としても、ふたたび舞台以外の活動も増え始めていった。そしてまた、そんな光景を外部から眺めることにも苦痛を感じていた。


 ある日、事務所にいる座長田沼のもとにちんちくりんの人気女優が訪ねてきた。

「お久しぶりです」

 すでに人気者となっていた劇団出身者の姿に、懐かしさとも嬉しさともつかない感情を抱きながら、以前の調子を心がけて座長が返す。

「何しに来た」

「また舞台やるんですよね? あたしも入れてください」

「時間あるのか?」

「あります。つくります」

「事務所に怒られるんじゃないの? 俺、面倒事やだよ」

「そんな事言わないで、座長!」

 こいつのしつこさはよく知っている。断ると何しでかすか分からない。そんな訳で新しい芝居の参加者として迎えることにするが、同時にたぶらの所属事務所からは巨額のギャラが請求された。たぶら本人も「ボランティアみたいなもんですから」と事務所に主張するが、株式会社としての事務所はそんなことにかまっていられない。結果、成功しても赤字という舞台制作となり、夢日記経営陣からは非難の声があがった。

 座長田村は「じゃあ、俺ただ働きでいいから、面白い役者起用最優先で」と勅令を出し、この場を取り繕った。が、それで劇団内の雰囲気が良くなるはずもなかった。

 制作したものの中々上映の機会に恵まれなかった座長の映画が公開されたのはその少し後、舞台の成功を受けるような形だった。外部からの製作依頼ながら、様々な事情により話がうまく行かないことについて、いい加減学んでいるつもりではあったが、それでも閉口することが多いのは座長田村的にもストレスであった。が、学生劇団のような気楽さとは無縁の、ご都合だらけの業界の中にいることはわかっていること。その中でできることをやっていく方針に、ブレはなかった。映画はそこそこのヒットを記録し、劇作家田沼弘樹の名は再び知れ渡っていくようになった。


 座長と劇団に再びテレビでのドラマ制作の話が持ち上がった。再挑戦をかけようとするが、早速また問題が持ち上がった。「役者の人気が出たら引き抜くから」「危ないセリフは検閲の上削除で」「こっちの指定する役者(素人含む)をいい役で使え」など、いくつかの条件を突っぱねた座長に対してスポンサー企業が降りたのだ。すでに制作着手しているこの案件について、今後のことについて話し合いが持たれた。場合によりドラマの制作は中止となり、その分の損害は座長田沼がひっかぶることになる。たぶらも事務所を説得するが、反対にドラマから下ろされそうになった。

 だが、ここで名乗りを上げたのが以前、ドラマでお世話になった北海道の居酒屋チェーン、その頃には全国展開している大手企業であった。その後ろ建てを得て、自由に作られたドラマはまたもやヒットを記録。DVD、関連商品の売上などは大変な額に登った。

 御礼奉公もかねて、たぶらが居酒屋チェーンのキャンペーンキャラクターを務めた。”イワシ祭り”とか”小魚フェア”などのポスターに登場して、「EPA or DIE!」だの「セ○ウムよりカルシウム」などとやったのだ。当然事務所からは怒られたが、昔のイメージもあって好評を博した。


 支えてくれる人たちがいて、一緒に活動できる人たちがいて、好きなことが出来る。

 その幸せを胸に危なくお馬鹿で可愛くも情けなく、何よりも愛おしい役を務める。座付き作家でもある座長のセリフ一言一言がツボで、共演する吉村、佐々木、マーヴィン(日本人)、西野井、他の役者たちが好きで、支えてくれる大道具、証明、音響、雑用などなどのスタッフのみんながありがたく、自分の一挙手一投足に興奮するお客さんに最高のものを見せたいと思う。そんなことを感じながら舞台を踏む。小さい頃の自分が見たら、ちょっとは喜ぶだろうか。

 そんなある日、舞台終了後に、子供連れで観に来たらしいお客さんのアンケートを読む。そこにはチャレンジャーな保護者とその子供の書き込みがあった。お母さんらしき人のしっかりした書き込みの他に、子供特有のアナーキーな文字でこう書かれているのを見つけた。

「大きくなったらおしばいがしたいです」

 そのアンケートを読んだたぶらは、目を閉じ、深く息をして、これを見せてやろうと座長の元へ駈け出した。


                                  了


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