風変わりな日常
「ねえ、知ってる?」
不意に一人の高校生ー桐壺海が隣のの二人に聞いた。
「何が『知ってる?』だよ、主語を言えよ主語を。いきなり言われても分かるかっての。だろ?哀」
「そうですね」
哀と呼ばれる女子高生ー匂宮哀はもう一人の男の意見に賛同を示す。
「なんの前触れもなく会話を始めようと、さらに主語もなく質問をしてしまいますと話す内容に誤解が生まれる可能性があります。」
と、同級生と思われる二人に対して実に丁寧な口調で話す。
それ見たことかともう一人の男の早蕨計が桐壺に視線を送る。
「んー、でも哀ちゃんなら知ってるはずだと思うんだよね」
「…それは本日、うちのクラスでのことでしょうか?」
「そうそう、それだよ!」
我が意を得たりとばかりに匂宮を指差す。
「だってあんなに大騒ぎしてたから知らないはずがないもん」
「あー、それってもしかしてどっかのクラスのヤツが窓ガラスを割ったやつか?」
桐壺に確認をする。
「それだよ。哀ちゃんのクラスであったから知ってると思ってさ」
「その時、私は教室にいたので知らないはずがありませんね」
「そういえば」
と、先生が怒鳴っていたことを思い出しながら早蕨は言う。
「うちのクラスの連中も野次馬として行ってたな」
「たくさん人が集まったけど先生が教室に帰らせようと必死だったよ」
「んで?」
早蕨が桐壺に聞く。
「お前はその件について何を知っているかと聞いたんだ?」
待ってましたと目を光らせた桐壺が嬉々として口を開く。
「窓ガラスを割った生徒の処分だよ、ついさっき聞いたんだ。君たちが知ってるか気になってね」
「いやお前が聞かれたかっただけだろ」
「…はっはっはー」
「…………」
「バレたか」
なんなんだコイツは、という呆れた顔の早蕨は白けた目を向けたあとに匂宮へと意識を向ける。
「処分はなかった、と聞きましたが」
「そうなんだよ、驚きだよねー」
「うちの学年は問題ばっかだから緩くなってるよな、その辺のが
つーか、海。その情報はあいつから聞いたのか?」
「向こうから教えてくれた」
「それにしても」
と、匂宮が言う。
「なぜ彼らは窓ガラスを割ったり現場に近づいたりしたのでしょうか?」
「いや、そりゃあ気になったからだろ」
「なぜその程度のことが気になるのでしょう?」
「その程度って…学校の備品とかを壊したんだよ?器物破損だよ?」
「海が言っているのは法律のことですが、その法律にしても無駄なものばかりに思うのです」
「何言ってんだよ、法律がなかったら無秩序で誰も彼もが好き勝手に暴れたりするだろうが」
「そこで暴れるなどをすることが理解出来ないのです。そんなことをしても無駄なのにも関わらず行うことが分かりません」
「「…………」」
チャラい風な桐壺はもちろん、堅物な早蕨でもゲームはする。
匂宮の言い分はゲームをしたり遊んだりすることを問いていることと同じだ。
それに対する返答の仕方を二人は持ち合わせていない。
空気がどうにもおかしなものになってしまったため、桐壺は苦笑いをしながら視線をあちらこちらに泳がせている。
が、それが災いしたのか他校の生徒にぶつかってしまった。
「すみません」
軽く謝ってそのまま行こうとしたが、引き止められた。
とりあえず三人ともついてこいと。
明らかにおかしな展開ではあるが
「時間を取らねえならついて行ってやる」
「本日は何の予定もありませんので構いません」
と、何の迷いもなく承諾してしまった。
連れてこられたのは薄暗い路地裏で、すでに何人もの不良と思われる連中がこの場にいた。
「…要件はさっさと済ませてくんねえか。テスト近いから帰ってテスト勉強したいんだけど」
「てめえらが『源氏の三人衆』だな?」
早蕨の要求を無視する形で一人が問いかける。
「源氏の三人衆」とは、桐壺ら三人が住む近辺にいる三人組のことである。
とある不良がその三人に因縁をつけて金を取ろうとし、抵抗したため手を出すと返り討ちにあった。ボコボコにされた連中が仲間を呼んで後日、再戦したが結果は同じく完敗。
その際に三人の苗字を知り得た。それらの苗字が源氏物語に出るソレと同じであったため、そのような呼び名が生まれた。
「何言ってんだ、俺らが『源氏』なわけねえだろうが」
「こんなひ弱そうな連中が『源氏』のはずがないでしょ」
「そんならお前ら、苗字は?」
別の誰かが聞いた。
苗字が分かれば「源氏」である確率は確かに高い。が、正直に言うはずがない。
「俺は坂本通」
「僕の苗字は関口だよ、下の名前は正人」
「山中響子です」
面倒なことを気まぐれでしかやらない計にならう形で他二人も偽名を口にする。
苗字が異なれば当然「源氏」の候補からは外れる、という誰にでも思いつく考えによる発言だった。しかし
「じゃあ教科書の名前のところを見せてもらえねえか、一人二冊以上」
指示通りにしてしまえばその考えは全くの無駄ということになる。
「…………」
「…………」
「…………」
「ひゃひゃひゃひゃひゃ!なんだいなんだい、やっぱしモノホンじゃねえか!ほら言えよ、僕たちが『源氏』ですーってよ!ぎゃはははははは!」
足掻けば時間くらいは稼げるだろうが、逃げることは出来ないだろう。
それを理解した三人は「何事もなく切り抜けること」を諦めた。
「あーあ、海のせいでめんどくせえことになっちまった」
「えー?ひどいなー、自分からついて来てくれたくせに」
「ざけんな」
「即刻帰宅し、本日の課題を済ませてしまいたいのですが」
そして、他二人よりも一歩前に出た早蕨は前方の敵を冷めた目で睨みつける。
「……………」
構えをとっていない自然体にも関わらず、軽々に近づくものはいない。
「計、海、警戒はしておいて下さい」
「お前がダジャレかよ」
「思いのほかつまんないね」
「そのような意図は持ち合わせておりませんでした。ところで、計は何か棒のようなものを持ち合わせてはいませんか?」
「ああ?」
その発言に怪訝そうな顔で振り返る。
「なんでそんなもんを俺が、今、持ち合わせていると、思ったんだよ」
「高校に入学して二ヶ月と経たないうちに他クラスの私のところまで様々な噂が流れるほど目立ち、さらにはその内容を加味すれば常備していてもおかしくないと判断させて頂きました」
「周りの連中が勝手に言ってるだけだ」
「そうですか。では海、ヘアゴムはお持ちでしょうか?」
「哀ちゃんも女の子なんだからちゃんと持ってなよ、って何回言えばいいんだい?」
「持っていても仕方がないので」
「こういう状況になったりするんだから持ってなよ…」
と、文句を言いながらも胸ポケットから取り出して匂宮に渡す。
「…いつまで待たせてんだゴラぁ!」
木刀を持った一人が早蕨に対して大きく振りかぶった。
それと同時に自ら相手の方へと素早く一歩近づく。
そして木刀を振り下ろす前に相手の腹目掛けて加減無く
「ぐへっ……!」
蹴り飛ばした。相手はたまらずバットから手を離して二転三転してとまった。
早蕨は特別、運動神経が優れているというわけではない。しかし、戦闘センスに関して言えば三人の中で一番である。
「真っ向勝負で勝つのは基本的に俺だ」
「………………!」
と、威嚇したかと思えば後方に木刀を投げた。木刀は綺麗に匂宮の手元へ吸い込まれるように飛んでいった。
何度か素振りをした音を聞くと
「それでいいな?」
「はい」