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春爆竹  作者: ゆるゆん。
9/27

バスに乗って

その日の放課後、私は家に帰らず、市立病院行きのバスに乗った。


カバンの中に、こっそり千円札を入れていたので、それでバスに乗ることができた。

運転席の横の両替機で、お札をくずし、後ろまで歩いて、席に座る。

窓ガラスの向こうの空はまだ薄い水色で、雲はひとつも、ない。

風に当たりたかったが、残念、窓は開かなかった。



市立病院は終点だ。


喉、渇いたな。

また、炭酸が飲みたくなってきた。

頭の中に、あの、コーラの赤いラベルが浮かんでくる。


窓にもたれかかって目を瞑り、赤いラベルや、自販機を思い浮かべているうちに、バスは終点に着いた。


私は、玲央のお母さんに会いにきた。


玲央をなんとかしたい、それを相談すべき相手は、他ならぬ、玲央のお母さんだと思いついたのだ。


母親同士の噂で、玲央のお母さんが看護士をしていて、市立病院に勤めていると聞いたことがあった。

市立病院に子供を連れていったら、玲央のお母さんが働いていたらしい。

しかし、何科なのかまではわからない。

市立病院は大きな病院だ。何十人、いや百人を超える数の看護士がいるだろう。

不意に不安がよぎった。

勢いだけで来てしまったが、無事に会えるだろうか?

よく考えたら、下の名前も、知らなかった。


が、行くしかない。

多少の失礼や、騒動になっても小学生だからと許されるだろう。

私はまず、総合案内へ向かった。



『看護士さんの、福田さんという人に会いたいのですが…』


係の女性が、上から下まで私をジロジロと見る。

そして、

『あなた1人?』

と聞いた。

『はい、福田さんに用事があって、1人できました。』

『福田さんに会えますか?』


『ちょっと待っててね』

その人は奥にいる、もう一人のおばちゃんと、こちらをチラチラ見ながら話し合っている。

時計は午後4時23分を指していた。

喉が渇いた。

係の人は、どこかへ消えてしまった。

玲央のお母さんを呼びに行ってくれたのだろうか?

私は急いで入り口の自販機へ走り、コーラを買った。

そして、また急いで戻り、総合案内の前に立った。

まだ係の人は戻っていなかったので、そこから一番近い椅子に座って待つことにする。


コーラの蓋を回すと、カチッと鳴って、同時にジュワッという勢いのいい炭酸の音がした。

私は慌てて蓋をしめ、炭酸が落ち着くまで待つ。

それから、そろりと蓋を回し、小さい声で『いただきま~す』と呟いて、これまた小さく、乾杯の仕草をした。



コーラを飲んで待っていたら、さっきの総合案内の女性と一緒に、三十代くらいの看護士が歩いてきた。案内の女性が私を指差し、看護士だけが、私に近づいてくる。


玲央のお母さんだ。


茶色い髪をひとつに束ね、広い額に、気の強そうな眉。

ギョロリと大きなその目は、玲央を思い出させた。


『どちら様ですか』

低い、イライラした声で玲央のお母さんは私に訪ねた。


私は、椅子から跳ねるように立ち上がり、

『玲央と同じクラスの、水野萌です、玲央の事で、お話ししたくてきましたっ』

と 一気にまくし立てた。

緊張して、早口になる。

玲央のお母さんの、表情は変わらない。

笑いもしないし、かといって怒って追い返しもしなかった。

『外でいいですか。』

玲央のお母さんは、そう言って入り口に向かって歩き出した。


病院の裏玄関の脇に、ベンチが二台並んでいて、玲央のお母さんは無言でそこに座り、タバコに火をつけた。

タバコが吸いたかったのか。

病院敷地内全面禁煙って書いてあるのにな。

なんとなく、この人とは通じ合えないような気がした。

玲央のお母さんが黙ってタバコをふかしているので、私から切り出した。

『玲央、あの男の人に叩かれたり、お酒買いに行かされたりしてますよね!?』


玲央のお母さんはまだ、無表情のままで、ギョロリと私を見た。

見ただけで、返事はしなかった。

返事がないので、私はまた、言った。


『ひどいこと言われたり、ケガもしてました』

ケガは…痣のことを言いたかったのだけど、大袈裟っぽいかな。

『痣が、できてました』

私は付け加えた。


『私、連日夜勤の時もあるんです、そういう時、彼が家にいてくれるんですよね』

『彼がいないと働けないんです』

この人は、笑うことを知らないのだろうか。この人と話し始めて15分くらいの間、一度も、笑うどころか、にこりともしなかった。

言葉は丁寧だが、語調はきつく、顔は常に怒っているように見える。


それでも、私はめげずに続けた。

『玲央、傷ついてると思うんです』

玲央を助けることは、萌を助けることだ。

そう信じて、話し続けた。

しかし、伝わらなかった。


玲央のお母さんは2本目のタバコを消すと立ち上がり、

『休憩終わりなので』

と言って去ろうとした。


私は慌てて追いかけ

『あのっ、じゃあ、夜とかっ、うちに泊まりにきたりしてもいいですかっ!!』

と言った。


相変わらずの無表情はそのままに、玲央のお母さんは

『私は知りません、本人の決めることですから』

とだけ言って、裏玄関のドアをバタンと、閉めて、行ってしまった。

その勢いがあまりに強いので、私の髪が風に舞い上がる。

『知りません、って…』

私は1人呟いた。

まだ5年生だ、本人が決めること、ではないだろう。

初対面でこんなに感じ悪い人、初めて見た。

子供相手、しかも娘の友達なのに。

まぁ、友達ではないが。


とりあえず、今日は帰ろう。


お腹空いちゃった。


玲央のお母さんの冷たさを目の当たりにして、急に、萌に会いたくなった。

萌をぎゅうっと、思い切り抱きしめてあげたい。

萌の望む、全てのことをしてあげたい。


今日の萌母さんの夕飯は何だろう?


私はゆったりと走るバスがもどかしいくらい、家族に会いたかった。

私の宝物。萌とヤスさんに。



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