虐待の確信
次の日、登校すると、また手紙が入っていた。
『死ね』
萌に代わって私が学校に行き始めて、1ヶ月が経とうとしていた。
いじめは相変わらずだったが、クラスの女子の分類はわかってきた。
まずは、いじめの主犯、福田玲央。
その子分の詩織と美雨。手紙を入れたり、ゴミをぶつけたり、直接手を汚すのはこの2人の役目のようだ。
虚しいヤツらめ。
次に、主犯格ではないが、でも 玲央たちのいじめを楽しんで、便乗してきた奴ら。
玲央たちの嫌がらせとは別に、通りすがりに肩をぶつけてきたり、足を引っ掛けたりする。
私はそのたびに、肩がぶつかれば、どつき返し蹴りを入れて泣かせた。
足を引っ掛けられた時は、よろけた私を皆でバカにして笑ってきたので、足を出した張本人の髪を掴み、壁に打ちつけてやった。
何度かやり返しているうちに、こいつらは私には近づかなくなった。
最後に、彩芽を含む、ただ、玲央が怖くて従うだけの子達。
『萌のこと明日から無視ね。萌と喋ったら、喋った人も無視だから』
という玲央の一言で、萌と彩芽の関係も変わってしまったのだ。
『大心友ね。』などと言っていても、周りが変われば全てが壊れてしまうこともある、小学生の世界。まだまだちっぽけで、いじめに立ち向かう勇気もない、小さな心。
萌が、嫌がらせを受けているのをみて、ますます怖くて萌には近づかなくなったのだろう。
いじめられている萌の心は想像できないが、もし自分がいじめの標的になったらという想像力はあるようだ。
私の闘う相手は、もう、玲央だけだった。
玲央もまた、火がついた爆竹のように、危うく、脆い心を持って、それを持て余しているのだろう。
自分を大事にしてもらえないのは、自分が悪いから?
私には生きている価値がない?
違う、クラスの女子全員が、私の命令に従うのだ。それは私が価値ある人間だから。
みんなの上に立つに値する人間なのだ。
萌のような奴が、惨めな奴なのだ。
みんなから無視され、嫌がらせされている。
毎日、罵られ、あの男から『死ね』と言われている玲央は精一杯、心のバランスを保っていた。
自分が罵られた言葉、母親に向けられた男からの暴言を次の日には萌に向かって吐いていた。
私は、自分の靴に入っていた手紙を隣の香音の靴にねじ込む。
もう、この意味のないいじめ大会は終わりにしたい。
私の心は今、このいじめの奥にある玲央の闇を見ていた。
しかし、その闇に気づいていても、具体的にどうしたらいいかまでは、わからない。
教室へ行き、授業が始まっても、私は上の空だった。
4時間目は、体育だった。
いつもの1人組体操も無事に終わり(私が毎回余って1人でやっているのに、組体操をやめない担任よ)跳び箱を準備するように体育委員に担任が指示する。
出席番号順に並んで、今日はテストだった。
台上前転。
跳び箱の上で前転する、あれである。
福田玲央、の次が、水野萌、なので、私は玲央の後ろについて座った。
『あ~なんか後ろがキモい~~』
玲央はそう言って肩を払う仕草をした。
その時、またどうでもいいこと言いやがって、と思ってその仕草を見るともなく見ていた私の目に、それはハッキリと映った。
痣があった。
左の肩の、ずれたTシャツの隙間に、それはまだ生々しい色をしていた。
私の心臓がドクンと波打つ。
コンビニで玲央の頬を平手打ちした、あの男の姿が浮かんでくる。
私は玲央の背中をまじまじと見た。
もちろんTシャツの上からでは、他の異変はわからないのだが。
玲央を助けたい。
私はハッキリと、そう思い始めていた。
可愛い可愛い、私の宝物の萌を傷つけた張本人である。
許すとか、許せない、ではなかった。
もしかしたら、萌と同じくらい、玲央も、辛いのかもしれない。
癒やされる家庭がない分、萌以上に苦しかったのかもしれない。
『水野萌さん』
名前が呼ばれ、笛が鳴った。
そんなことを考えながらの台上前転は、案の定、失敗した。
……萌、ごめんね?




