夏の始まりの炭酸
その日は 夏が近づいてきたような、日差しの強い一日だった。
夕方私は 炭酸飲料が飲みたくて仕方がなくなり、萌を近所のコンビニに誘った。
萌は夕飯のハンバーグを焼いていて、
『抹茶のアイス買ってきて』とだけ言われた。
夕飯作りに夢中なのである。
ちょっとガッカリしつつ、コンビニに向かった。
せっかく、買い物がてら、一緒に散歩でもしようと思ったのに。
そうだ、私も お風呂上がり用に、アイスを買おう。ヤスさんにも、ヤスさんの好きな、雪見だいふくを買おう。
コンビニでジュースを選んで、雑誌をちら見していたら、なんと玲央が入ってきた。
学校以外で会うのは初めてだ。
思わず私は、玲央に気づかれないように、顔を背けた。
玲央は、カゴを手にとると、おつまみコーナーで酒のつまみを幾つか入れている。
早く買い物して帰れ~と願いつつ、玲央と顔を合わせたくないので、玲央の動きを観察した。
すると玲央は冷蔵庫を開け、ビールのパックをとり、次は焼酎の瓶を入れた。
おつかいか…
それにしても酒を買いに行かせるなんて…
しかも ビールの6本パックに、焼酎の大瓶。
玲央、持てるのかな…
私はすっかり32歳に戻って玲央を心配した。
やっとレジに行った玲央が、店員に何か言われ困っている。年齢制限だろうか?
玲央は首からさげた携帯でどこかに電話し始める。
ひとしきり話していたその時、入り口から若い男が小走りで入ってきて、いきなり玲央を平手打ちした。
すごい形相で、いきなり。
コンビニ内に大きな音が響き、緊張が走る。
玲央は肩を震わせ、でも必死で立っていた。
『使えねぇんだよ!てめぇはよ!!』
男は玲央を怒鳴りつけ、玲央に向かって舌打ちし、レジで会計を済ませて出て行った。
玲央は下を向いたまま、重たい袋を下げて男の後についていく。
一瞬の出来事で、私はなにがなんだか、わからなかった。
店員さんも、一瞬、心配そうに出て行った玲央を目で追ったが、またすぐ、自分の仕事に戻った。
学校でみる、高圧的な玲央とは真逆の、萎縮した、怯える玲央。
私はそれを見て涙が出そうになった。
家に戻り、萌に一部始終を話した。
今日まで、萌に玲央たちの話をしたことはなく、するつもりもなかったのに、頭に血が登っていた。
萌に玲央の話をするのは、躊躇われたが、話さずにはいられなかったのだ。
すると、萌は静かに、玲央の家庭環境を話してくれた。
二年生の時に親が離婚して、名字が変わったこと。
お母さんと2人で暮らしていること。
お母さんは仕事で、ほとんど家にいないらしいこと。
『これは、レンが言ってたんだけど…』
レンとは、萌のクラスの男子である。
『玲央のママ、彼氏できたんだって。その彼氏も、一緒に住む事になるかもって。』
『ママの見た男の人、その彼氏かもね』
萌は淡々と話し続けていた。
その表情から、心は読めない。
玲央は、程度はわからないが、なんらかの虐待を受けているのではないだろうか。
少なくとも、可愛がられてはいない。
あの酒のみの彼氏に、ひどいめにあっているのではないか。
連日ニュースで流れる虐待。
もし、さっきのコンビニでの一部始終が、玲央の日常であるならば、学校での玲央の行動も、納得がいく。
『ママ?おかずもいっこ作って?』
黙り込んだ私に萌が気を使う。
それともこれ以上、玲央の話をしたくなかったのかもしれない。
この話はもう、おしまいだね。
今夜のメニュー。
発芽玄米、萌のハンバーグ、レタス、プチトマト、アスパラとベーコンの炒めもの、冷や奴、ネギとワカメのお味噌汁。
萌は携帯サイトを調べて、新メニューのハンバーグソースを作ってくれた。
飴色玉ねぎの入った和風味が美味しい。
今までは、肉汁の入ったフライパンにケチャップとソースを炒めて作るソースが定番の我が家だったが、新メニューに政権交代だ。
『萌、これ今度レシピ教えてね…ていうか、また作って?』
私は言った。
萌が嬉しそうに笑う。
『簡単だよ?混ぜて煮詰めるだけだし』
萌は少し得意げだ。