病院ランチ
今日の病院ランチ。
看護士さんからAとBどちらか選んでと言われ、白米のついてるAを選ぶ。
米飯、ビーフカレー、ナス味噌炒め、海藻サラダ、フルーツはミカン半分。
食欲なんて無いなぁと思っていたが、ビーフカレーの匂いを嗅いだ途端に、お腹が鳴った。
ちょうどよく、ヤスさんと萌も、買い物から戻ってきた。
虎奈さんのカフェの紙袋を3つもさげている。
『すごい買ったねー!』
私は笑った。
『こういう時こそ、美味しいものを食べなきゃね』
ヤスさんも笑った。
それはヤスさんと私の、価値観がぴったり合う所だ。
毎日の食事を大切にすること。
温かい食事を美味しく、食べたい。
大切な人と一緒に。
だから、私たちは、疲れていても、疲れている時こそ、美味しいものを丁寧に作って食べる。
旬の野菜や、新鮮なお肉、魚貝類が与えてくれるパワーは、その栄養価をはるかに超えて、大きい。
紙袋からは淹れたてのコーヒーの香りが溢れ出して、病室を彩った。
虎奈さんのコーヒーはグァテマラとブルーマウンテンの豆を上手にブレンドしている。
寅年だから『虎奈』なんだけど、コーヒー豆で、『ハワイ•コナ』という豆があるそうで、『カフェやる運命としか思えない。』と虎奈さんは昔、話してくれた。
じゃあ どうして コナの豆をブレンドしないの?って思うよね。
それはね、グァテマラと、ブルーマウンテンの香りを嗅いだとき、脳でα派が出るからなんだって。
癒やしのカフェがテーマの虎奈さんは それを知った時、うちで使う豆は、それしかない!って思ったんだって。
あまりにコーヒーのいい香りがするから、隣のベッドのおばさんが コーヒー飲みたくなっちゃわないかな?って心配した。
おばさんの分のコーヒーはないんだ、ごめんね。
お昼を食べながら、さて、どうする!?って話になった。
ヤスさんが
『とりあえず、あんな大きな事故だったのに、萌も、桃も、元気にこうして生きている。それだけで、もう、いいんじゃない?』
萌と私も、顔を見合わせて、頷いた。
そして、当面のことを次のように決めた。
•家では、中味の人格を優先して過ごす。
•家の外では、外見の人格をうまく演じること。
『ママは専業主婦だから、外に出なくても大丈夫。萌はしばらく、家でゆっくりしてればいいよ。学校は、ママが行くね』
一気に萌の顔が曇った。
学校には、ママに知られたくないことがたくさんあるのだろう。
『ママ、学校、行くの?ママも家でゆっくりしたら?』
萌が訴えるように私を見る。
『大丈夫、萌。ママ、うまくやるよ』
そういうことじゃない、という萌の顔。
『萌~ 桃はな、もう一度小学校に行って遊びたいんだよ。なぁ、桃?』
ヤスさん、イタズラっ子の顔。
見当違いの発言だけど、ここはその明るさに便乗だ。
『そうだよ萌。ママに小学生やらせてよ』
『萌は おばさんになっちゃって割に合わないけどなぁ!?』
ヤスさんが ゲラゲラ笑ったので、萌も諦め混じりに笑顔になった。
『ヤスさん、おばさんだと思ってんの』
私は ヤスさんを睨んでみせる。
ヤスさんは 笑いをこらえつつ、
『そりゃあ、萌からしたらさ。俺は思ってないよ』
『どんなドラマも映画の入れ替わりも、最後は元に戻ってハッピーエンドでしょ。だから、大丈夫。そのうち戻る。』
説得力あるような、ないような。
とにかく明日には退院して、明後日からは学校だ。
今日の空は全部灰色で、今にも雨が落ちてきそう。
こんな日くらい、完全なる青空と太陽で応援してくれたらいいのに。