3人。
一睡もできなかった。
萌の横で寝顔を見つめながら、これまでのこと、これからのこと、一晩中ぼんやりと考えていた。
窓を見ると カーテンが青白い光に形どられている。枕元のライトを消すと、もう充分 部屋は明るかった。
夏にはこの時間、勢いづいた朝が猛烈な光を連れて起きろ起きろと急かしてきたものなのに、この緩やかなる朝の訪れに、秋を感じずにはいられない。
私は立ち上がって 窓を開けた。
ひんやりした空気が少しの隙間をつたっていく。
鼻からゆっくり、その秋の気配を吸い込んで、またゆっくりゆっくり、時間をかけて吐く。体の中を冷たい秋が巡って、私の心も鎮まっていく。
「はよ。早いね」
簡易ベッドで寝ていたヤスさんが、伸びをしながら近づいてきた。
「うん。なんか眠れなかった。萌、大丈夫かな」
2人で萌を振り返る。
命に別状がなく、傷も残らないとの診断に何度も胸をなで下ろしつつも、実際に萌の笑顔を見て安心したいのだった。
「コンビニもう開いてるかな?」
「どうかな?」
携帯で時間を確認すると午前6時50分。この病院には大手コンビニが入っている。
「みてくるわ。」
ヤスさんは そう言うと くるりと病室を出ていった。
私はまた、窓の外に顔を向ける。
朝特有の、ひんやりした静かな空気が心地良い。
コンビニカフェのホットコーヒーが飲みたいな。
最近のコンビ二は自動ドアを抜けると挽きたて豆の香ばしい薫りに満たされている。
虎奈さんのコーヒーには かなわないけれど、コンビニコーヒーも充分に美味しい。
ヤスさん、コーヒー買ってきてくれるかな…
またしてもぼんやりとコンビニカフェの光景を思い浮かべていた。
濃い茶色のコーヒーカップ。
白く抜かれたオウチのイラストが可愛いかったなぁ。
ぼんやりしているような、それでいて頭の芯は冴えているような。
まだ、33年使ってきた自分の体に、自分が慣れていなかった。
カラカラと静かに、入口のドアが開いて ヤスさんが戻ってきた。
大きな袋と、手にはホットコーヒーを2つ。
「さすがヤスさん!」
私は大袈裟に喜んでみせた。
渡してくれた大きな袋には ホットスナックお菓子にお茶、盛りだくさんに詰め込まれていた。
反射的にお腹が鳴って、そういえば夕べは何も食べていないことを思い出す。
心が立ち止まっていても、体はちゃんと、朝を迎えて、1日を始めようとしてくれている。
ヤスさんの買ってきてくれた袋の中から、朝食を選ぶ。アボカドとハムのサンドイッチ。
サンドイッチとコーヒーは私の大好物だ。
この小さな個室が即席カフェになる。
ヤスさんは 大きなおにぎりにかぶりつき、ホットスナックもあっという間になくなりそう。
「唐揚げ一個ちょうだいよ!!」
なんて ふざけて笑っていたら、ベッドから気配がした。
なんと萌が目を開けていた。
「萌!!」
ヤスさんと2人して萌に駆け寄る。
「大丈夫?痛い?」
口々に心配する私たちを見上げる萌の目から涙が溢れて耳をつたい、枕を濡らした。
「ママぁ パパぁ…」
すごくすごく小さな頃みたいな顔で、萌が泣いた。
可愛い可愛い萌。
無事で良かった。
私たちは萌を抱きしめて、思う存分、3人を味わった。




