萌 ごめんね。
目が覚めると、薄闇の中だった。
頭が痛い……
ソファに横になって眠っていたようだ。
からだを起こすと頭がガンガンした。
「いたー…」
独り言がでる。と同時に思い出した。
玲央に切りつけられた顎。
しかし手を当てると驚いたことに傷がない。
動揺して 慌てて鏡に駆け寄り更に動揺することとなる。
桃だ。
自分だ。
私。 私の顔。私の手に私の足。
歓声をあげた。興奮して ひとしきり はしゃいでしまった後、我にかえる。
萌は…?
家には誰もいない。携帯は私が入った萌が持ち歩いていたから無い。
家の電話から、ヤスさんの携帯にかける。
番号を押す指が自分の指であることに喜びを感じる。
11歳のそれと比べると、ガサガサで、しわっぽい私の指。それでも自分の指が愛おしかった。
「はい」
ヤスさんの声を自分の耳で聴く喜び。
「戻ったよ。桃。戻った…」
最後は涙声になってしまった。
「マジで。俺いま病院。萌はクラスの子に彫刻刀でやられてさ。市立病院だから とりあえず早くきて。」
玲央に切りつけられた傷は出血のわりに浅かったが、当たり所が悪く脳震盪を起こして何度か吐き、今は眠っているらしい。
目が覚めたら、萌も、萌であるはず。
いや、吐いて吐いてしていた萌も、すでに萌に戻っていたはずだ。私にその記憶はない。
タクシーに乗り込んで、ハタと自分をみる。
なんちゅう服じゃー…
トップスは 大きい黄色のスマイルのプリントされたTシャツ、下は チェックのミニスカートだ。
恥ずかしー!!
萌いつの間にかこんなの買って、家で着てたんだね!
恥ずかしい!もちろんスッピンだし!
もちろん ヤスさんは そんな私を見て失笑、でも、涙目で抱きしめてくれた。
本当はすごく心配してくれてたんだって実感する。
そして病室のベッドで眠っている萌。
顎に大きなガーゼを当てられて、点滴もしている。萌ごめん。守ってあげられなかった。
大切な大切な萌の体を預かっていたのはママだったのに。
萌が怒っていた通り、ママ、玲央にばかり気を取られていたんだね。
ごめんね。
女の子なのに、顔に怪我をさせてしまった。
いじめと闘うとか、玲央を助けたいとか、調子にのってた自分を心から恥じた。
後悔で、涙が止まらない。
「傷は、残らないって、先生が。」
ヤスさんが、声をかけてくれる。
「個室だし、今日は付き添っていいって。今日はさ、3人でいよう。」
私は萌の手を握ったまま、すがるように泣いた。




