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春爆竹  作者: ゆるゆん。
20/27

真っ赤な彫刻刀

長い長い、夏休みが明けた。


我が家の中は相変わらずなのに、朝の風は少しずつ冷たくなり、夜には秋の虫が鳴き始めていた。


まさか 夏休み明けまで学校に通うとは思っていなかったが、私も萌も、それを言葉にはしなかった。もう、現実に疲れきってしまっていたが、開き直って笑える程には割り切れていない。迷いこんだ先で、途方に暮れているのだ。

 


二学期というのは 一番長い学期であり、その分 やることや行事が詰め込まれている。

学校に行くと すぐにやるべきことが山積みに用意されていた。


そんな忙しい毎日が過ぎる中、諦めの先に、その時はやってきたのだった。


その日は 午後の二時間が図工で、子供たちは午前中さえ乗り切れば 給食と図工のみとなり、気持ちは浮き足立っていた。

今取りかかっているのは版画である。

各家庭から持参した手鏡で自画像を描き、彫刻刀で彫るのである。


「絶対に、ふざけないこと!」

担任は神経質に 教室を歩き回り、危なげな持ち方をした子はいないか、遊んでいる子はいないか、監視を続けていた。

今時は 授業で怪我などすれば 保護者になんと言われるか、教師もビクビクしているのである。



懐かしいな。

私も小学生の頃、版画をやった。

隣の席の子と向かい合って、お互いの似顔絵を描いて彫った。吉田くんて男の子。

何年生の時だろう?


玲央は新学期から学校に来ていたが、人が変わったように静かで、萌に攻撃してくることもなかった。

家で焦っている萌には申し訳ないが、正直言って、小学生は楽しかった。

11歳って本当に素晴らしい。




まず1日が長い。

30歳を過ぎてから どんどん早くなった主婦の毎日に比べて、朝起きてから、夜眠るまで、たくさんの時間があり、たくさんのことができる。


体も軽い。

鉄棒で何度も何度も気が済むまで回った。

跳び箱で何段跳べるかチャレンジし、20年前に習ったはずの漢字をおさらいし、ドキドキしながらテストを受けた。


若いっていいなぁ。


そして、もれなくこの版画も楽しい。

大人なんだし、小学生には負けないと意気込んで自画像を描いた。彫刻刀の使い方だって、周りより上手なはず。

活き活きと版画に励む私のその耳に、突然、クラスの女子の悲鳴が刺さり込んできた。


玲央の周りの子たちが、立ち上がって騒いでいる。


「何やってんだ おまえ!」

男子が大声で言った。


何が起こったのか見えない私は立ち上がり、玲央の席へ駆けつけた。

手元を覗き込んだ瞬間、心臓がドンッと縮んだ。


息が苦しい。


口が渇いて言葉が出ない。


玲央の手元は血まみれだった。

玲央の左の腕には、小さな傷が無数にあり、二の腕の内側はかなり深く長く、切りつけられている。


彫刻刀で彫られた版画の溝を 玲央の血液が流れていった。

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