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春爆竹  作者: ゆるゆん。
18/27

うろこ雲のでる頃に

疲れていた。


萌と入れ替わってもうすぐ2ヶ月。

戻る術も見つからないまま、萌は苛立ちを露わにし、あの大らかなヤスさんでさえ、口数も少なく、家の中が淀んでしまっている。


少しでも空気を変えようと、私はあちこちの窓を開け放した。


初夏の空はその色を濃くし、真っ白い雲がよく映える。

北から高気圧が張り出し、うろこ雲がもう夏だよって教えてくれた。

ありがとう、夏だね。

日差しをいっぱいありがとう。

優しい雨をありがとう。

心地良い風をありがとう。

今日も1日頑張ります。



レタス、トマト、チーズのオープンサンドに、イチゴを添える。

牛乳にしようか、野菜ジュースか……

牛乳に決定!


もうそろそろ学校も休めない。

今日を最後にしよう。

私は萌に、お願いした。

『萌。ママもう、今日で終わりにする。だから、今日だけ、ママと一緒に来てくれない?』

ヤスさんも隣で黙ったまま、聞いてくれている。


萌は少し考えるように天井を見上げて、それからゆっくり、私をみた。

『わかった。いいよ。』


『ありがとう。』


私たちのやり取りを見届けたヤスさんは、おもむろに財布を探り、五百円玉を萌に渡し、

『2人でアイス食べておいで』

と笑った。


五百円じゃ、2人分のアイスには足りないけどね。


その五百円玉でアイスを買った萌と一緒に、例の場所に腰掛ける。

長い1日の始まりだ。


萌には言わなかったが、正直、もう、諦めていた。

全然あの女も現れてくれないし、家族には呆れられるし、あの女がキーマンだとか思って熱弁した自分に“なに言っちゃってんだよ”って突っ込みたくなる。今日も多分、あの女は見つからなくて、沈んで気まずく帰っていく私たち2人の後ろ姿が容易に想像できた。


黙ったまま、アイスを食べる萌に、私は話しかける。


『これから、どうしようか?』


『どうするって?』


『2ヶ月前は、そのうち戻るって信じて、とりあえずのつもりで入れ替わり生活?始めたしょ?でも…今、戻る感じ…全然無くない?』

私は言いながら、自分でも、この先どうするのか、全く浮かばなかった。


『うん……』

萌も、言葉が出ない。


それもそうだよね。

私も萌も、中身が入れ替わるなんて初めてだし、周りにだって、そんな経験のある人なんか見たことも聞いたこともない。

知っているのは、テレビや小説の中でだけ。

たいていの場合、それらの主人公たちは、入れ替わった当時の状況を再現したりして奇跡を起こしていたけれど、私たちがそれをやるにはリスクが高すぎる。

魔法使いの知り合いもいないしね。


戻る保証もないまま、命懸けでトラックに突っ込んでも、待っているのは確実に死に神だ。

天国一直線。

死に神と知り合いになんてなりたくない。


そんなことを考え込む私の耳に、萌が鼻をすする音が聞こえてきた。

萌が泣いていた。


『萌… 早く戻りたいんだけど…』

前をじっと見つめたまま、大きく見開いた目から、ポロポロとまるい涙の粒が落ちる。


『早く…学校行きたい…早く行かなかったらまた…』

言葉が詰まる。


また?いじめの再発に怯えているのだろうか?


『また…玲央が来ちゃう… 玲央が来たら、そしたら、また彩芽も苺も…』


私たちが元に戻ることと、玲央との問題は、また別の問題なんだけどな。

玲央は必ず、また学校に戻るだろう。

その時クラスがどう動くかは、わからない。


萌は焦っている。

やっと戻ってきた友達を二度と手放したくなくて。

手の中の光を確かに感じていたくて。


萌は膝を抱えて、泣いた。

私は萌の気持ちが落ち着くように、ゆっくりゆっくり、背中を撫でる。

大丈夫、大丈夫。

自分にも言い聞かせながら、何度も。


その時だった。


私たちの目の前を あの女が横切った。

間違いない。


『萌!!いた!』


私は立ち上がり、萌の手を引いて走り出した。


萌が手に持っていたアイスが、勢いよく床に飛び散った。

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