寂しい張り込み
今夜は天ぷらにした。
海老にピーマン、茄子、萌はコーンをかき揚げのようにして揚げたのが好きだ。ヤスさんはウインナーが好き。子供みたいだよね。
天つゆを作りながら、私は言った。
『今日、彩芽たちの方から謝ってきたんだよ』
『中休みにさ、机とのとこまで来てさ』
『うん』
萌は生姜をすりおろしながら返事をする。
『戻りたいね』
私と萌、言葉がかぶった。
やっぱり萌も、そう思ってたんだね。
『どうしたら、戻れるかな?』
萌のその言葉に、私はまた、あの女の顔が浮かぶ。
『萌さ、こないだ買い物行った時、トイレで会った人の事覚えてる?』
『あの、気持ち悪いお婆さん?』
萌は嫌な顔をした。
『あの人さ、ママに、“バラバラね”って言ったんだよね。それって体と心がバラバラとか、そういう意味じゃないかな?見た目小学生なのに、中身がママだって、あの人にはわかったんじゃないかな?』
萌が怪訝そうに私を見る。
『有り得ない?』
私が聞くと萌は頷いた。
『今なにか、希望っていうか、方法があるとしたら、あの人な気がする』
萌はうう~ん、と首を傾げて、まだ生姜をすっている。
『じゃあ、萌なんかアイデアある!?』
私は少し責めるように言った。
『ないけど…』
『でしょ!??やっぱりあの人を捜してみようよ!?』
乗らない萌。口が尖っている。
『決定!!明日から捜そ!』
無言の萌を無視してテンションを上げた。
わからない。私だって。
わからないのだ。
でも、なにもしないで戻れる日を黙って待つなんて、私の性に合わない。
次の日から、私は、そのショッピングモールで、あの女を捜した。
テナントに入っているドトールでアイスカフェラテを買い、食品街のレジ前のベンチに腰を下ろした。
ここが一番、人通りが多いからだ。
残念ながら、萌はついて来てくれなかった。
つくづく、色んな人がいるなあと感心する。
年配の夫婦、赤ちゃん連れの若いお母さん、赤ちゃん連れの、しかし若くはないお母さん。
最近、可愛いがってもらっていた学生時代の先輩が出産したのを思い出す。
35歳。赤ちゃんが萌の歳になる頃、先輩は46だ。
私は萌を21で産んだ。
仲間内では一番早く、不安でいっぱいだった。
自分だけが育児に追われる寂しさもあった。
まだ、遊びたかった。
それでもその何倍も、何万倍も、萌はかわいかった。
大きくなった今は、心の底から“若いうちに産めて良かった”と痛感している。
周りには不妊症で悩む人が増えはじめ、歳をおうごとに、女じゃなくなると怯える。
社会がどんなに変わっても、子宮が進化したわけではないのだ。
私は萌には、子供は早めに産みなさいって言おう…そんな事を考えているうちに、1日目の張り込みは終わった。
学校には“おたふく風邪”と伝えた。
これで一週間は休める。
私は帰って萌をもう一度誘った。
『あのさ、萌?ママさ~1人であそこでいたらさ、補導とかされそうじゃない?警察とか来ちゃったらさ、ヤバくない?』
『…なら…やめたら?萌、あの人キモイ。』
率直なご意見ですな。
萌が来てくれないまま、私の張り込みは一週間目に突入した。
もちろん、なんの成果もないまま。
萌やヤスさんには、呆れられ、家では肩身が狭かった。
でも私は学校に電話し、おたふく風邪の合併症である髄膜炎になった、かなり危険であると電話口の教頭に伝えた。
教頭は驚いた様子で、大丈夫ですか、熱は高いのですかと質問してきた。
髄膜炎…の…熱?高いのかな?
わからない。
わからないので適当に相槌を打って話を合わせ、早々に電話を切った。
よし!またこれで何日か大丈夫。
また、明日から、あの人を捜そう。
家の中が無機質に、張り詰めて見える。
みんないるのに、ステンレス製の入れ物みたいに、冷たくうつる。
萌は、私の行動に納得できず、しかし早く戻りたくて、イラついている。ヤスさんもまた、私のしていることを不信に思っているようだった。
みんなの気持ちがバラバラで、ピリピリしていて、寂しかった。




