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春爆竹  作者: ゆるゆん。
12/27

つないだ手の温度

その後、私は担任に付き添われて保健室に行った。幸い、手の平の傷は浅く、消毒して、大きな絆創膏を貼って終わった。

問題は玲央だ。

彫刻刀を刺した傷は、ぐちゃぐちゃにえぐれ、中から肉がみえていた。

すぐに病院へ行くことになり、教頭先生が車を出しに行く。

玲央は、何を聞かれても、何も、一言も話さなかった。

さっきの暴走が嘘のように、黙りこみ、動かない。

誰の言葉も耳に入っていないようだ。目は虚ろに宙を見つめている。

いや、きっと、何も見ていないのだ。

惰性のままに見開かれた目には、もう、何も、映っていない。


私は玲央について病院に行きたかったが、もちろんそれは、許されなかった。


病院どころか、私はスクールカウンセラーであるという女性に、3階の空き教室に連れて行かれた。

カウンセリングを受けろというわけだ。


その空き教室は、廊下の一番奥まった所にあり、普通の教室の、4分の1程度の広さしかなかった。

テーブルにはピンクのチェックのクロスがかけられ、花が生けてある。黄色いチューリップに、かすみ草。その脇には折り紙やクレヨンが置かれ、とってつけたような、その場しのぎの癒やしが、そこには並んでいた。

カウンセリングの教科書に、『スクールカウンセリングルームの見本』とでも載っていそうな部屋だ。

全く癒やされない。

カウンセラーが何を質問しても、私も上の空だった。

玲央は病院に着いただろうか?

玲央のお母さんは?

傷は縫っただろうか?

まさか…

あの男が保護者として病院に向かったりしてないだろうか?


質問を無視し、窓の外を睨みつけたまま動かない私は、さっきの玲央同様に、カウンセラーの目には、かなり病的に映ったようだ。



そこへ、担任と一緒に萌母さんが入ってきた。

玲央との話を聞いたのだろう、不安いっぱいの顔をしている。


『今日のところは、おうちに帰って、親子でゆっくり話し合ってくださいね』

カウンセラーは萌母さんにそう言って、

『ねっ、萌ちゃん。またお話、しにきてね?』

と、私に笑顔を向けた。



私はカウンセラーの言葉は無視して、教室を出ると萌の手をギュッと握った。

萌が無反応なので、私はまた、ギュッ、ギュッと2回、手を握る。萌が、ギュッ、ギュッと、2回、握り返してくる。

これは、私たち親子が昔からしている、コミュニケーションだった。

公園の帰り道、幼稚園の入園式、コンビニへの散歩中。

いつも私たちは手をつなぎ、私が『ぎゅう~』と言って手を握ると、萌も同じように『ぎゅう!』と言って、小さな手で握り返してきた。

何も話さない時でも、ギュッと握り返してくるその温度で、私は安心することができた。



しかし今日、安心していたのは私だけだった。


母親のくせに、娘の気持ちを何もわかっていなかった。


萌は、傷ついていた。

傷つけたのは、他でもない、私だった。


家に着くと萌は無言で2階へ上がり、自室に入ろうとした。いつもなら、ほとんどの時間をリビングで過ごし、夜ですら、私と一緒に寝たがる子だ。

萌の異変を感じ、萌を追いかける。

『萌ー!?』

萌は無視して自室に入り、カチリ、と鍵を閉めてしまった。

私は動揺した。動揺したと同時に、腹立たしかった。私が追いかけてきたのをわかっていて、呼んだのも聞こえているくせに、無視して鍵を閉めるなんて。


私は急いで1階へ降り、財布から十円玉を取り出すと、また萌の部屋へ階段を駆け上がった。

我が家の各ドアにつけた鍵は、外側からも、コインなどがあれば簡単に開けることができる。


私は十円玉を鍵に差し込んだ。

萌もそれを察してドアノブを押さえいるのが音でわかる。

中から『開けないで!!』と萌が怒鳴った。


私は無視して鍵を開けようとしたが、中から萌が押さえるのでうまく開かない。

『萌っ!手ぇ離しなさいっ!』

『萌っ!聞こえないのッッ!!』

私はドア越しに怒鳴る。


すると、中から萌の、ズッ、と鼻をすする音がかすかに聞こえてハッと手が止まる。


『萌…泣いてるの?』




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