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春爆竹  作者: ゆるゆん。
10/27

レモンとトマトソース

玄関のドアを開けると、トマトソースの香ばしい匂いが出迎えてくれた。

今日はパスタかな。


『ママ、遅~い!!』

萌が玄関まで出てきたので、私はすかさず萌に抱きついた。

萌もくっついてくる。

私は、ぎゅうぎゅうと、いつもより力を込めて、萌を抱きしめる。

『いたぁい』

萌がけらけらと笑うと、私の体にもその振動が伝わってきた。

きっと、お腹の中にいた時は、毎日こうして笑ったり、泣いたり、怒ったりを本当の意味で、共有していたのだろう。

私の分身、私の体の一部分のように思っていた小さな女の子は、今 私と変わらないくらい背がのびて、しっかりと自分だけの道を歩き出している。

萌はもう、私の分身ではない。


でも、私の体の一部分のように、萌が辛いと私も辛いし、萌の痛みは私の痛みになった。


萌が笑っていると、家の中は明るく、萌の部屋からリコーダーの練習が聞こえてくると、春に新芽が伸びていくような希望が湧き立つのを感じた。

家族って、そういうものだ。

みんなが色んな空気を作って、嬉しい色や楽しい色、くつろぎの温かさ、時には悲しみの雨や怒りの激しい色に覆われる日もある。

それでも、夜になってヤスさんが帰ってくると、家は安心の色に包まれる。

ヤスさんは、私と萌が雨に濡れないように傘になり、波にさらわれないように、高い高い防波堤になってくれる。

一番辛かったり、一番頑張るのは自分でいい、みんなに暖かい寝床を与えてあげたい、そんなヤスさんだったから、私たちは安心して、その空気に甘えることができた。

もちろん普段は、『俺の分のアイスが無い』とか怒ったり、夜御飯のおかずが気に入らなくて、むっつりしたりするんだけど、それでもヤスさんは、おおもとのところで、私たちを守ってくれていた。



今夜のパスタは、ベーコンとポテトのトマトソースだった。

上にかかっているトマトソースが、パスタに対して少ない。ソースを標準より多めにかけたい私にとって、それは不満だ。

トマトソースが、余っていたら、足してもらおうかな、と思いながら一口目を食べた時、その酸味に驚いた。

レモンだ。

『萌、これ、レモン!?』

私の驚いた顔に、萌は満足気だ。


『ソース、足りないと思ったでしょ』


『なんで?そんな顔してた!??』


『ママ、すぐ顔に出るからわかるよー』

バレてたか。

少し、醤油も入っている。

これなら、トマトソースは少しでいい、絶妙だ。

『萌~ 美味しいよ~』

しあわせだ。

ベーコンをフォークにさして、パスタを巻いて、食べる。最高。

『萌って料理の才能あるんじゃない?こないだのハンバーグソースも美味しかったし!』

萌は、フフンと笑って、パスタを口に運んだ。


萌は最近、もとのように、よく笑う萌に戻っていた。お風呂からは鼻歌が聞こえてくるし、ご飯も、よく食べた。


1ヶ月学校を休めたのが、萌の心を緩めてくれたのだ。

あのまま萌自身が、死の手紙を読んだり、上靴マヨネーズを味わったら、もう萌の小さな心は、壊れていたかもしれない。

この入れ替わりは、神様がくれたプレゼントだと、私には思えた。


『私たち、ずっとこのままなのかな?』

萌か不意に尋ねた。

『それ、ママも思ってた。』

どうしたら、戻れるのだろう?

でも、玲央の件を解決するまでは、このままでいたいというのが、私の本音だ。


『また事故ればいいのかな?』

『トラックに?突っ込む?』

『死ぬって~絶対死ぬ!!』

私たちはまた、ゲラゲラと笑い合った。


家の中はキラキラした楽しい黄色に満ちている。


もうすぐヤスさんも帰ってきて、ほんのり温かい、オレンジ色に満ちるだろう。

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