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春爆竹  作者: ゆるゆん。
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チョコミントとストロベリー

『頭、痛い…』


暗い顔で 萌がリビングに降りてきた。

いわれてみれば、顔も青いようにみえる。

『熱、計ってみてー!』

私はベランダから声をかけて、また洗濯物を干し始めた。

手を止めて 空を観察する。

今日は雲ばかり。

その隙間から 薄い水色が覗いている。

漂う風はすっかり春の匂いを含んでいた。

私は限界まで、その春の匂いを吸い込む。



結局 熱はなかったのだが、あまりにだるそうにして、ソファに倒れこんだまま動かないのをみて、学校は休ませることにする。


この春 5年生になったばかりの萌。

最近 ちょっと元気がない。


これまで ほぼ毎日友達と遊んでいた放課後も家にいることが多くなった。

『みんな習い事とかあるから』

萌はそう言ったが、私は 少し気になり始めていた。

顔が、明らかに暗いから。

昔から心の中が顔に出やすい子だった。


何かあるなら、全部話して欲しい。

心の中の黒い気持ち、どろどろした気持ち、苦しいのも悲しいのも、全部全部、私に吐き出してスッキリしてくれたらいいのに。

どんなに情けないことだって 汚い言葉だって 萌にがっかりしたりしない。

萌を嫌いにならない。

絶対に、いつだって萌の味方なんだよ。


親の気持ちは 思春期を迎えた11歳の女の子に、どれだけ届いているのだろう。

私だって22年前は11歳だったハズなのに、その記憶は ぼんやり遠く、霞んでいる。



学校に欠席の電話をして、また萌に声をかける。


『萌~?』


『萌さ、頭まだ痛い?具合、どう?』


萌は、黙ったまま顔もあげない。


『それともさ、そうでもなくて、疲れてるだけとか?』


無視。


沈黙した2人の間に、朝のラジオが元気に流れている。いつもなら 爽やかな1日の始まりの時間なのに…

いや、萌にとっては すでに爽やかな朝のそれではなくなっていたのかもしれなかった。

誰も気づかない、ずっと前から。



『あのさ、頭痛薬、飲む? それとも、ひどいなら、病院行く?』


…飲まないよね。行かないよね。

仮病だからね!!

心の中で 突っ込んでみた。

相変わらず 無言だし。

いつまで 黙ってんだよ!!

ちょっと荒めに突っ込み。

買い物行きたいな。今日、くじ引きだし。

1000円お買い上げで1回。

今日は お米も買うから、けっこう引ける。


『萌、買い物行かない?休みたいんだよね?』

あ、決めつけちゃった。

だって返事しないんだもん。


『学校、行きたくない…』

ソファに顔をうずめたままの、くぐもった声で萌が呟いた。



『もういいよ、学校にも電話したし。大丈夫、パパには言わないから。』


やっと萌が顔をあげた。


『買い物、行こ?着替えておいで?』


『誰かに会うかも』

萌が不安そうにする。


『大丈夫、みんな学校じゃん』

私は笑った。

それにつられて、萌も吹き出した。


『行こう。くじ引きして、アイスも食べよう。』




近くのショッピングモールまで車で15分。

水曜日は特売日で、くじ引きもやっている。

1階には 萌の好きなアイスクリームのショップも入っている。


買い物が終わって、2人でアイス屋さんに入った。

『今日はダブルにしてもいいよ』

私がそう言うと

『え!?いいの!!?』

萌が目をキラキラ見開いた。

かわいい萌。

萌が笑ってると、嬉しくなる。

今日みたいな日は尚更だ。


『まずね~ チョコミント!』

『その上にね~…』

萌は アイスではチョコミントが一番だ。私と同じ。私は今日はラムレーズンにしよう。

萌のチョコミントを一口もらおう。

結局 萌の2段目はストロベリーに決まった。


『ヤバい 落ちるって~』

2段に重なったアイスに はしゃぐ萌。

『早く!そこ!垂れてる~~』

私も笑った。


笑いながら、頭は別のことをずっと考えていた。

学校に行きたくない言った萌。

やっぱり何かあったんだ。

友達とうまくいってない?

喧嘩?

萌の友達の顔が何人か浮かんだ。


いじめ……


みぞおちのあたりが ぐっと重くなった。

胸に真っ黒いもやが満ちてくる。


帰りの車の中でも、私の頭は そんな考えに囚われていた。

萌に聞こうか。

いじめられてるのって?

直球過ぎるだろ。

逆に心を閉ざすかも。



『ママ!!!』

萌の叫び声と同時に、けたたましいクラクションの音。

面食らって我にかえったが もう遅かった。

反対車線のトラックのフロント部分が、私の軽自動車のフロントガラスいっぱいに見えた次の瞬間、そのフロントガラスは粉々に砕け散った。

視界に鮮血が飛び散った。

痛みもなにも感じる間もなく、私の意識は遮断された。

左手で萌の肩を掴んだ、萌のモッズコートの乾いた感触だけが、手に残っていた。



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