序々.「受け継がれる者」
しとしと降る雨粒の音が心地よく感じる八月の頃。
少女は写真立てに収まった老婆の姿を見ている。その写真の老婆と12、3歳位のまだ幼い少女の面影は何処か似ている所が見受けられたが、向日葵の様な満面の笑みを咲かせる写真に対して、少女は虚ろな表情を浮かべるだけで内面はまるで違うようだ。
先程から少女はその表情のまま既にこの世からいなくなってしまった人の写真に何度も答えを得ようとして通じようとしていた。
空虚な心が問いかける。
―――お婆ちゃん。お婆ちゃんですら天才では無かったのにアタシは普通の子のままなの?普通の子は天才になれないの?
少女にとって天才とは何時でも祖母の事だった。
何でも出来て、何でも解決して、何にでも成功する。そんな絶対無敵の英雄が祖母姿。
だから少女は溢れる憧れから祖母を真似て、祖母を目標とし、祖母と何時か並び立ち自身も天才になるのが少女の願いだった。天才になれば自ずと祖母の様な立派な人間になれるから、と。
少女の高すぎる目標は数ヶ月前に瓦解する。
祖母が帰らぬ人になったからだ。
別に少女は祖母ともう会えない事を悲しみ夢を引裂かれたのではない。問題は生前に祖母が少女に約束した内容だった。
病院に入院し、長い間その生活が続いた祖母を見舞いに母親と一緒に少女は面会しに来ていた。
痛々しくなった祖母の姿に憧れが少し揺れて少女は泣き出した。絶対的なヒーローがもう直にいなくなってしまう様な感覚。少女は好んで視聴していたヒーロー系のTVアニメが終わってしまった時の事を思い返してしまった。感覚の再現。その時も泣いたので記憶が過ぎりフラッシュバックしてしまった為の行為だった。
その少女の姿を見かねて祖母が二人の帰り際に少女に約束したのだ。
「お婆ちゃん。絶対病気を治して芽衣ちゃんの所に戻るから」
固い固い約束を結ぶ指きりを結び、少女は信じた。祖母は天才だからきっと治って元気になる、と。
それから一週間後に祖母は一時帰宅を果たすもある朝の日に決して目覚めない眠りについていた。
故に少女は祖母も凡人と知った。
少女にとって天才とは何でも可能とする人の事だったのだから。
天才と認識していた祖母が凡人と落ちた事によって少女の自分への認識は地の底まで落ち、自身を凡愚だと自傷した。
一度崩壊してしまった夢は容易に修復できる筈が無く、少女の精神は傷ついたまま日々と共に成長し、異様な歪みを拡大していくばかり。
心を直すには切欠が必要だった。
自分が祖母を超える可能性を示す様な事。歪んでしまった為に生まれた夢の成れの果ての望み。
現状じゃあ在り得ない事だった。
しかし、切欠なんて何時も向こうから来るもの。虚ろに佇む少女の所へその切欠が現れる。
「君が芽衣だね?」
少女の後ろから少年の様な声が聞こえくる。
虚ろな光を宿す目を自身の背後に向けて振り返り、少女は自身の運命と遭遇した。
目の前にいる者は犬猫の様な獣が一匹。
瞬間、少女は感じ取る。自分が変わる切欠をくれる存在が其処にいると。
冷静に辺りを見回してもそれしか存在しておらず、声の主は信じられないがそれしかいない事にすぐさま当たりをつけて口を開く。
「そうよ。芽衣。篠山芽衣」
獣は一拍置き、言葉を綴る。少女芽衣の心の内を穿つ様な言葉を。
「お婆ちゃんを超えてみたいと思わないかい?」
説明はいらなかった。芽衣にはその言葉が必要で、手段も目的も等しく興味が無かったから。芽衣は即答し、光が部屋に満ちて、契約は完了する。
篠山芽衣。12歳。乙女座。職業魔法少女。