序.「押し売り契約」
魔法少女
彼の者達に決められた定義など無い。
ただ魔法を使い、少女期にあるのならそれだけで魔法少女と定義されてしまう。
彼女達は何を望み、何を目的にその力を手にしようとしたのか。その理由は正に十人十色だろう。
故に魔法を少女達に与えた何かが本当は何を目的としていたのかなんて彼女達魔法少女には想像の余地すら無い。虚偽の理由だとしても彼女達には見抜く力なんてあるはずが無い。
だって彼女達はただ目の前に出された奇跡を起こす力に魅入られてしまっただけなのだから。
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桜の花が散ってしまうのは毎年の事だ。
窓越しに見える桜を見てあの桜が散らない事を願い、願掛けをするのも毎年の恒例行事みたいなもの。
あの花弁が明日まで散らずに残っていたのなら私の病気は治る。
こっちの花が午後まで散らずにあるのならまた自力で歩けるようになる。
あっちの葉が落ちなければベットから起きられる様になりたい。
願いは現実を帯びて夢となり、次第に願いがただの呟きへと変わっていくのは当然の事だ。どんどん劣化していく希望は更なる現実味を加えて精神を磨耗させる。削られていく心は体に影響を及ぼし少女に痛みと嘆きの苦痛を与えるばかり。
故に少女は願った。
―――体が治らないのなら、いっそ綺麗に死にたい
まだ十にも届かない小さな女の子が考えるような言葉では決してなかった。
しかし、それを願わせてしまう現実と厳しさが彼女の周りをついて離れない。少女は生まれながらに莫大なハンディキャップを背負わされて生きていくしかない。
親が生きている内はまだいいだろう。その親が死んだら少女はどうなるだろうか。きっと更なる重荷を背負って生きていくのは目に見えている。
既に歩けないのに、既に一人で起きられないのに、既に機械が無ければ呼吸すら正常に機能しないのにだ。
奪うものなんて既に無いのにこれ以上何を少女から奪うというのか。
天が彼女に唯一与えた高い知能が更に少女に想像を膨らませて地獄に落とす。
―――神様は何て残酷なのだろう。じゃあ私は何で生まれてきたの?何を持てず、何も成せず、何も出来ないのに。もう考えるのも嫌だ
そう全てを諦めた瞳から最後の希望が無くなった時。
少女に奇跡が舞い降りた。
「君はその体を満足に動かしたいかい?」
少女の病室に突然現れたのは神様でも天使でもなく一匹の可愛らしい獣だった。
猫とも犬とも取れる形を成した獣。その獣が人間の言葉を用いて突然現れたソレに困惑する少女に問いかけてくる。
「歩きたいだろう?」
「外で遊びたいだろう?」
「友達が欲しいだろう?」
少女にはとても甘美なる誘惑の言葉だった。甘く囁いてくる獣の真意は読み取れず、意図も理解できないけれど彼女にはしたくても決して出来ない夢の話。
手を出さない訳が無い。
例え信頼出来なくとも、信用出来なくとも、信じること事体在り得なくても目の前の獣が次に誘うだろう言葉を只管待ち、無言のままだった。
そして獣は言う。
「魔法少女にならないかい?」
少女は目の前に出された言葉に飛びつかず、品定めをした。数秒の間、空間に静寂が満ちて無言に相対する獣一匹と少女が一人。
数分の少女には無限のように感じた峠の分かれ道は静にかに決した。
「・・・な・・るぅ・」
酸素投与を続けるフェイス・マスクを何とか取り出し、未熟な呼吸器を搾り出す様に機能させて答えた。
その瞬間、個室の病室に光が満ちた。
「キヒヒっ! 契約有難う」
これからどうなるかは分からないがこれでやっと苦しみから解放されると安堵し、ベットへ意識を任せた少女の近くで獣は笑う。その可愛らしい容姿とは掛け離れた獰猛なる笑みだった。
少女は知らない。
今まで生きた地獄がまだ微温湯の域を出ない生易しいもので、これから更なる地獄が待っている事を。
そう少女はあまりにも知らな過ぎたのだ。
何も知らない内はまだ幸せだという事を。
魔法少女30代ヒロイン岬が亡くなってから数年後の話。
次回は王子と岬の孫の話