少年少女爆発
「ぐふっ!?」
ローリングソバットのキレに満足して着地し、うずくまる彼を見て、はっとして。
とりあえずその頭を撫でておいた。
「……」
「え、あ……ありがとうございます」
お礼を言われると、なんだかふわっとして、どうしていいか分からなくなって。
駆け足で、友人の元へと戻った。
「……ちょっと頑張った」
「でも、どうしても技はかけてしまうんですね」
うなづくと、頭を優しく撫でられる。
「どうしたらいいとおもう?」
道を見つめながら尋ねた。
知らない人は苦手だし、そもそもどうしてこうなるのかが分からない。
けれど、何故か見かけたら駆けてしまうのだ。
分からない。
「まずは、相手のことを知ることからですね」
「知る……………弱点?」
「じゃなくて。名前とか、好き嫌いとか、ね」
知る、名前、好き嫌い……
「がんばる」
「はい、がんばりましょう」
頑張ることにしたのは、その日の昼休み。
偶然にもまた、あの姿を見かけたから。
「「あ」」
ほぼ同時に声を上げる。
むこうはどうやらまた技をかけられるのではないかと戸惑っているようだった。
でも今回は頑張ると決めたので、そう簡単にはいかない。
ここでもうひとつ。
友人に言われたことを思い出す。
知る、好き、嫌い、である。
尋ねる為に相手を見た。
「……?」
「…………」
何でだろう、言葉が出てこない。
言いたいことは頭にあるけれど、のどの真ん中でぐるぐると回って出てきてくれない。
ぐるぐると、つまって、苦しい。
おもわず、口元を押さえる。
「!大丈夫、気分、悪い?」
心配そうな声が、振りかかるように聞こえた。
少し見上げると、顔を覗き込むようにしていた瞳と、目があう。
「…………き」
「え?」
「すき、きらい」
* * * * *
彼女は今、何と言った?
今朝、唐突に食らったローリングソバットの後頭を撫でられたのには少し驚いた。
けれど、わかったのは、彼女がただ怒っているだけではないということ。
まあ、それだけだけど。
そしてまたあったと思ったら、今度は。
『すき、きらい』
気分が悪いのかと思い心配して覗き込んだ彼女の顔は、少し戸惑っていた。
そして、吐き出された言葉。
語尾は少し上がっていた気がする。
質問なのだろうか。
俺の好き嫌いが知りたいとでもいうのか。
それとも。
「…………」
「…………」
沈黙が流れる。
き、気まずい。
非常に気まずい。
俺としては、昼休みが終わる前にどこかで昼寝をしている友人を迎えに行きたい。
けれど、このまま立ち去るなんてとても出来ない。
怖いから、と言うのもあるけれど、このまま放っておいてはいけない気がしたから。
意を決して、とりあえず深呼吸。
「嫌いでは、無い、です」
言っている意味は自分でも分からない。
けれどとりあえず、相手が傷つかない言葉を選んだ、つもり。
もし彼女自身のことを尋ねているのだとしても、別に嫌ったりはしていないので事実。
……少しおっかないとも思ったりもしているけれど。
恐る恐る、彼女を見た。
「…………!!」
きらきら、と。
見上げた視線は確かに輝いていた、様に見えた。
彼女は見上げて、何ともいえない表情で。
「ほんと?」
「え、あ、はい、ほんと」
「…………それなら」
そう言うと、一人納得したように彼女は。
* * * * *
「ただいま」
「お帰りなさい」
何時もの様に微笑む友人。
何時もよりそのふわりとした笑顔に花が咲いて見える。
私の気分の所為かもしれないけど、もし彼女にもいいことがあったのなら嬉しい。
「一人で大丈夫でした?」
「うん」
一度うなづいて、思い出して。
「あのね」
心配そうに覗き込んだ顔は、少し困ったようだった。
だけど、そのまま暫く考え込んで。
そして。
「きらいじゃない、て言った」
「……よかったですね」
「うん」
何と言っていいのか分からなかったから、何とか言葉を紡ぎだしてみたのだが。
どうやら伝わったらしい。
私の頭を、頑張った子を褒めるように撫でてくれた。
* * * * *
結局友人は、授業が始まって暫くしてから戻ってきた。
どうやら寝ていたらしいが、起こしにいかなかったことは珍しく文句を言われなかった。
言われたのかもしれないけど、耳には入らなかった。
『…………それなら よかった』
小さな声で、彼女はそう呟いて。
笑った。
よくよく考えると、それが始めてみた彼女の笑顔、否、表情だった。
それが、さっきから頭に残っている。
残り続けている。
可愛かった、とか、驚いた、とか、何で、とか。
色々思うところはあるけれど、考えがまとまらない。
ただひとつだけ。
やはり、彼女はきらきらしていたというのは、間違いない、と。
それを結論と言うことにして、考えるのをやめるため、教科書を立てて机にうつぶせた。