異母弟が今日も可愛いので。
なんでもあり。
「おねえさま、どこに行くのですか!フィーを置いていくのですか!」
異母弟のフィデルがむっちりほっぺをぷっくり膨らませて、何やらお怒りの様子だ。
「あら、姉様は今日婚約者様と約束があるから、昼間は一緒にいられないって言ってあったでしょう?」
昨日の夜も「おねえさまと一緒にいるの!」とぐずったから、一からきちんと説明して納得してもらったと思ったのだが。
「フィーはそんなのしりません!おねえさまは、フィーと一緒にいるのです!」
「あら〜〜、フィーはもうお兄さんだからお留守番できるんではなかったかしら?」
「……お留守番は、できるもん。でも、おねえさまはフィーと一緒じゃなきゃダメなの」
しょぼんとしてお口を尖らせているフィデルを上から眺めていると、口とほっぺだけが輪郭から少しはみ出ていて大変愛らしい。
うむ、私の天使が今日も可愛いわ。
我が家にはじめて来た時は、こんなふうに懐いてもらえるとは思っていなかったから、ほっこりしてしまう。
母は子どもを産みにくい体質で、私は待望の子としてこの伯爵家に生まれた。
それでも男の子を望むのは難しく、それ以上に産後の肥立ちが悪く、今でも母は日中でも寝ていることがある。
だから、父は養子を取ろうと言っていたらしい。
だが、母の矜持がそれを許さなかった。
「後継者の男児は、伯爵家の血統であるあなたの血を受け継ぐ者でなくてはなりません」と言い放った母がかっこよかったと、父は酔っ払った時によく惚気ている。
そうして、私には何があったはわからないけれど、きっと父と母が2人で決めたのであろう。
父の血を受け継ぐ子として、フィデルは我が家にやってきた。
それが1年前のことで、フィデルは4歳だった。
ここ1、2年で母の体調は前よりずっとよくなり、ようやくフィデル引き取れることになったとのことだった。
それまでは、親戚が育ててくれていたんだそうな。
だけれど、実際にやってきたフィデルは大人に怯えるか弱い生き物だった。
まるで、世界が怖いものだと知っているその虚ろな瞳に、私も両親も息を呑んだことをよく覚えている。
フィデルが親戚に雑に扱われていたことは、私でもわかった。
「本家の跡取りをこのように扱うとはっ…!」と父は処分を下そうとしていたが、「自分たちで育てられもしないくせに預けやがって」と言い返されていたのを、私は物陰から見てしまった。
「そちらが様子を観に来ないのが落ち度だろう」と言われている父と母が、悔しそうに顔を歪めているのを見て、ギリリと胸が痛んだ。
私もまだ子どもだったから、大人ってうるさいなと思ってしまった。
そんなことよりも、今はフィデルではないか。
大人たちの会話を後ろに、私はフィデルを探した。
私がフィデルの一番の味方になりたいと思った。
でも当時14歳の私にですら、目を合わせられなくて、いつも逃げられるようにどこかに行ってしまう。
こうやって、私の後ろを一生懸命についてくるようになるとは、フィデルが来たあの日には考えられなかったことだ。
「あっ、そうです!おねえさまもフィーとお留守番すればいいのです!」
フィデルはまるで名案かのようにぱあっと表情を明るくすると、私のドレスを小さな手で摘んだ。
「だから、おねえさまはフィーと一緒がいいの…」
「もう〜〜〜、可愛いんだからフィデル〜〜〜!」
すぐにぎゅうううううっと抱き寄せて、その頬に頬擦りする。
もちもちほっぺは今日も健在である、これが私の一番の癒しだ。
「姉様、すぐに帰ってくるからいい子に待っててちょうだい」
「ダメです!」
「ふふふっ、お土産も買ってくるわ。フィーの好きなクッキーを買ってくるわよ」
「……ダメです」
明らかに声のボリュームが下がって、押しが弱くなってしまったので笑ってしまう。
お菓子に釣られるなんて、私の可愛い異母弟はまだまだである。
「姉様、今日ねとっても大事な日なのよ。姉様の将来の王子様に会いにいくんだから。フィデルだって、姉様が行き遅れたら困るでしょう?」
「おねえさまの、王子さま…?」
「そうよ。姉様と将来結婚してくれる人よ」
フィデルを抱き締めたまま、むちむちほっぺをツンツンすると、何かを考えている顔からハッとした顔になった。
うん、表情も豊かになってよかったよかった。
「おねえさまの王子さまは僕がなるから、めっ!です!」
あら〜〜、1年前までビクビクしていた子とは思えないほどの愛されている自信じゃないの。
私の可愛い弟の自己肯定感が育ってるわ〜〜〜、かわいい〜〜。
しかも結婚が何かを理解しているわ、私の弟は頭までいい。
「こら、フィデル。姉様を困らせてはだめでしょう?」
「母様、起き上がってて大丈夫なのですか?」
廊下の向こうからやってきた母の今日の顔色はいいように見える。
口紅だけが浮くことなく、肌にも血色がある。
「今日は調子がいいの。ほら、フィデル。こちらにいらっしゃい、母様と一緒にお留守番していましょう?」
母がそうやって細い腕を広げると、フィデルが私にプイッと顔を逸らして、あっさり母の腕へと向かってしまった。
母はまた重くなったフィデルを抱っこして、少しフラついたけれど、侍女に支えられてそのままフィデルを持ち上げた。
「……フィーと一緒にいてくれないおねえさまなんて知りません」
「なっ、もう反抗期…!? ええぇ…、姉様それは寂しいかも〜…」
「ふんだ、フィーは、ははうえと一緒にいます」
「それはそれでいいと思う!絵になるわね〜〜、この肖像画が欲しいくらいです〜!」
「あらあら、あなたのお姉さん相当フィデルが好きみたいよ」
「私は家族が好きなんです!」
これでもかというほど頷いて、腰に手を当てて踏ん反りかえると、母が笑ってくれた。
フィデルも母の腕の中から、こちらの様子を伺うように、きゅるきゅるのお目目で私を見上げている。
「……おねえさま、フィーのことだいすき?」
おっと〜〜〜!母様は『好き』としか言ってないのに、『大好き』に変換してきたわよ〜〜!かわいい〜!
「大好きよ!フィーが大好きに決まっているじゃないの」
「フィーと、おねえさまの王子さま、どっちがすき?」
「やだもう、将来こうやって女の子を誑かすのかしら。弟としての一番好きは、ずーーーーっとフィーだけよ!」
そう言って、母とフィデルごと抱きしめると、ようやく私に天使は「ふへへ…」と笑った。
「フィーもおねえさまだいすき」
「母様もフィーが大好きよ」
「…!! フィーもっ、ははうえがすきですっ!」
「うちの家族最高」
このあと、婚約者様との定期的なお茶会にて「今日も弟が可愛かったんです」という話を聞いてもらった。
婚約者は「では、次は弟君も一緒に湖にピクニックでも行きますか?」と穏やかに訊いてくれたものだから、幸せの供給過多で一旦死ぬかと思った。
フィデルの好きなクッキーを手に帰ってその話を今度はフィデルにすると、「ピクニック!じゃあ、おねえさまの王子さまも一緒でいいですよ!」とおませなことを言うものだから、やっぱり弟は世界一可愛い生き物だなと噛み締める最高の一日となったのだった。
はー、今日も異母弟がかわいかった。
了
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286日目。




