何度も再構築するも浮気を続けられ婚約破棄すべきか迷う友人の貴族令嬢が相談してきたので、公爵令嬢の私が出向いて2人の話を聞いて助言してみた
私ユリナの友人である貴族令嬢のセレンは婚約相手であるカイルとの関係にひどく悩んでいた。カイルは何度も浮気をしては、それがセレンに知られるたびに謝って許してもらうことをくり返している。セレンは浮気をされるたびにひどく傷つき、婚約の約束の中に「相手に不貞行為があれば婚約を破棄してもいい」という条項もあることから、婚約破棄も何度か考えはしているのだが、いつも「今度こそカイルもやり直すと言っているから再構築をしたい」とカイルを許すことを続けている。セレンは他の友人からも「カイルとの婚約はもう破棄したほうがいい」と言われているようだが、最終的には「カイルはいつかは立ち直ってくれると思う」と婚約を継続するという結論に至っているようだ。
そしてまたカイルが浮気をして、それがセレンにバレたという話が私の耳に入ってきた。今回ばかりはセレンも「もうこれ以上カイルとの婚約を続けるのは限界かもしれない」と考えつつあるようだ。数日後にカイルがセレンのもとに謝罪に訪れるとのことだが、セレンは私に対して「私はどうしても目の前でカイルに謝られると許してしまいます。どうかその場に同席して、ユリナさんから私がどういう判断を下すべきかアドバイスしてくれませんか」と依頼してきた。そこで私はカイルがセレンのもとに謝罪に訪れる場に同席することとした。
一方、カイルは「今回も謝罪すればどうせセレンは許してくれるだろう」とタカと括っていた。しかし謝罪の場に公爵令嬢であるユリナが同席すると聞き、「あの堅物のユリナが来るのか。面倒だな」と露骨に嫌がっていた。
そしてカイルによる謝罪の日、セレンの部屋にユリナを含む3人が集まった。
まずセレンが口を開いた。
「あの、ユリナさん。できるだけ冷静に判断したいので、今回は私からはあまり話さず、ユリナさんに場を進めていただきたいのですがよろしいでしょうか」
『ええ、わかりました。』
『それではカイルさん、今の段階では私からはあなたに何も言いませんので、セレンさんへの思いをご自由にお話しください』
カイルは神妙な面持ちで話し始めた。
「セレン、浮気をしてしまったことは本当に悪かったと思っている。浮気があなたに知られてから、私も本当に苦しんだ。『セレンに捨てられてしまうかもしれない』と思い、夜も眠れないほどに苦しんだ。捨てられてしまうのではと思うことで、私は自分がしたことの重大さに気付いたのだ」
そう言うと、カイルは急に土下座をして涙を流しながら続けた。
「セレン、私はあなたがいないと生きていけないのだとわかった。今度こそもう二度と浮気をすることはないと誓う。セレンの身の回りの世話なども率先して行いたいと思っている。だからどうかもう一度だけ許してほしい。」
セレンはカイルの言葉を聞いて少し目が潤んでいた。彼の謝罪の言葉を聞いて心が動いているようだった。
「カイルがこれだけ謝っているのなら・・・」
そこでユリナがセレンへと問いかけた。
『セレンさん、少しお尋ねいたしますが、カイルさんが浮気をしたときにあなたに対して『もう二度と浮気はしない』、『もう一度だけ許してほしい』と言ったのは今回が初めてですか。それともこれまでにも同じ言葉を聞きましたか』
「これまでの浮気のときにも同じ言葉を聞いていますね・・・」
カイルは必死な表情で叫んだ。
「これまでの私とは違う。今度こそ本当にもう決して浮気はしないと心に誓ったんだ!」
それを聞いてユリナはたずねた。
『カイルさん、どうして今度こそもう二度と浮気はしないと誓えるのでしょう?』
カイルは間髪を入れずに答える。
「そんなことをしてしまったら、今度こそセレンに捨てられてしまうとわかったのです。それをわかってまで浮気をするほど、私は愚かではありません」
「私の述べたこの言葉に嘘偽りは一切ありません。これまでの私の行動から簡単には信用してもらえないことは理解しております。しかしユリナさん、私は嘘は言っておりません」
『そうですね、ある意味で嘘偽りはないのでしょう。ですが、あなたの言葉に“ある意味で”嘘偽りがないからこそ・・・言い換えればあなたが述べた言葉の中に本心がはっきりと表れているからこそ、私は決してあなたを信用してはならないと確信いたしました』
ユリナの言葉を聞いてカイルは血相を変えて反論した。
「ユリナさん、それはあまりにひどい言い方ではないですか。『嘘偽りがないのに信用できない』とか、『本心が表れている』とか、私にはあなたがおっしゃっていることの意味が分かりません。ただ私のことをはじめから信用してないだけではないですか」
「そうです、ユリナさん。カイルが今後二度と浮気しないということには確信は持てなくとも、少なくともカイルは誠心誠意私に謝罪しているように思えました」
2人の言葉を聞いたうえで、ユリナは落ち着いた表情で話し始めた。
『それでは、私がなぜそのように思ったのか説明いたしましょう』
『カイルさんが浮気を申し訳なく思う理由として述べたのは「私はセレンがいないと生きていけないと気付いたから」、そして「セレンに捨てられてしまうから」ということでした。二度と浮気をしないという理由を問うたときもカイルさんは同様に答えました」
『これは「浮気をするとセレンに捨てられるという不利益を自分自身が被るから」という心理に他なりません。言わば、カイルさんは“浮気という利益”と“婚約継続という利益”を天秤にかけた結果、婚約継続のほうがより利益があると考えたに過ぎません』
『すなわち、カイルさんは“自分の利益”だけで物事を判断しているのです。それは婚約関係において必要な“愛”と呼べるでしょうか』
しかしセレンはまだ納得できない様子でユリナに問いかけた。
「でもユリナさん、このカイルさんの言葉だけでそこまで決め付けてしまうのは行き過ぎではないでしょうか」
『セレンさん、もう一度カイルさんの言葉を思い返してください。彼の言葉の中にあなたを傷つけたことや、裏切ったことへの後悔の念や罪悪感にさいなまれていることを示す言葉はありましたか?』
「・・・なかったですね」
『カイルさんは今、あなたに許してもらうためならどんな言葉でも言おうと思ってここに来ています。たとえそれが嘘であれ何であれ、あなたの心を動かしうるありとあらゆる言葉を必死に考えてあなたに述べたはずです』
『そうでありながら、カイルさんからはあなたを傷つけたことや苦しめたことへの後悔を示す言葉は一つも出ませんでした。それはすなわち、彼の心のどこにもそのような罪悪感がなかったことに他なりません。心に全くない思いであったから、心に響くはずの言葉でありながらも思い付くことすらなかったのです』
少し時間を置いてからユリナはさらにセレンに語りかけた。
『ちょっと難しい言い方をしすぎたかもしれません。それではセレンさん、一人で幼い子を育てている親を想像してみてください』
「はい」
『そしてその子が開いている窓から出ようとして落ちてしまい、骨折したとします。親はその子を愛しているならこの事故を受けて「もう絶対に窓を開けている状態で目を離したりはしない」と誓うことでしょう。このとき、その親はどういう思いでその誓いを立てたと思いますか?』
「それはもちろん、『もう二度と自らの子を同じような痛い目に遭わせたくない』と考えてのものだと思います」
『そうですよね。そしてその事故が起きたとき、この親はどういう気持ちに駆られたと思いますか』
「『我が子に辛い思いをさせてしまった』という罪悪感にも似た気持ちに尽きると思います」
『そうです。誰かを愛するというのは、親子であれ、夫婦であれ本来はそういうものではないでしょうか』
『「少しでもあなたの辛さを自分がいることで軽くしてあげたい」、「あなたのためになれる存在でありたい」、愛とはそうした“相手の利益”を思う心と切っても切れないもののはずです』
『もちろん愛する相手に対して「この人に自分のもとから離れてほしくない」と思うこと自体は自然な感情です。しかし「自分の行動の相手が傷つくかどうかなんてどうでもいいが、自分の不利益になるから別れられるのだけは嫌だ」という自分の利益しか考えない感情は果たして「その人を愛している」と言えるでしょうか』
『先の親子の話に戻すなら、幼い子を不注意で骨折させてしまったときに「骨折したことはどうでもいいけど、子が怪我して私の不注意と責められるのが嫌だから今後は注意しよう」としか思わない親は、子に対して愛情を持っていると言えるでしょうか』
「言えないですね・・・。そして、カイルの私に対する思いにはユリナさんの言う『相手を少しでも幸せにできる存在でいたい』という感情が完全に欠落している・・・と」
『そういうことです』
カイルは下を向き、ずっと唇を噛んでいたが、ユリナに対して口を開いた。
「ユリナさん、あなたは私の言葉を悪く受け取って私の心の内を決め付けていますが、私はいついかなるときもセレンのことを傷つけたくないと思っていますし、裏切ることもしたくないとも思っています」
『左様ですか。それではあなたはどういう心情でセレンさんへの明確な裏切りである浮気という行為に踏み出せたのですか。それは結局のところ「裏切りたくない」という思いよりも「浮気をしたい」という欲求を満たすことのほうがあなたにとって優先順位が高かったか、「裏切りたくない」などという思いが最初からなかったかのいずれかにしかならないではないですか』
「そ、それは・・・気の迷いというもので、浮気をするたびに私は後悔をしていました。私がセレンに謝罪しているのは、浮気によって傷つけてしまったという自責の念からです」
『なるほど。浮気をするたびに自らの心をひどく痛めていたのに、後悔で苦しむのがわかっていながら浮気をくり返していたのですね。私には少々理解しかねる心理です』
『そして浮気のたびに後悔と自責の念で苦しんでいたのなら、もちろんあなたは自ら浮気をしてしまったことをセレンさんに白状して謝罪していたのですよね? セレンさんからはあなたが謝罪するのはいつも浮気が見つかった後だったとうかがっておりますが』
「それは屁理屈です!自ら浮気を白状してしまっては、それによってセレンが傷つくではないですか」
『あなたは“浮気がバレたから”ではなく、“浮気で傷つけたことを後悔しているから”謝罪しているのでしたよね?』
「そうです」
『セレンさんに知られるまではずっとその女性との浮気を続け、浮気がバレたときにやっと浮気で傷つけたことを後悔して謝罪するのだとすれば、あなたの「傷つけてしまった」という後悔の念はいつも浮気がバレた瞬間に急にやってきていることになりますよね。あまりにも奇妙ではありませんか』
『結局、このように辻褄の合わないことしか言えないことからも明らかなように、あなたの心の中に本当にあるのは“セレンさんを傷つけた”ことへの後悔ではないのでしょう』
『そうした後悔の念を持つ男性ですら、女性から浮気をしないよう厳しい目を向けられたり、女性がいつまでも傷ついた姿を見せていると「いつまで私を許さずに悪者扱いするんだ」と言い出すことが多いというのに、どんな言葉でも弄せるはずの謝罪の言葉の中にすらそれが一切出なかったあなたが本当に心を入れ替えたなどとは、誰も思えないでしょう』
次にユリナはセレンのほうを向いて話しかけた。
『セレンさん、あえてもう一つ問いかけます。もし今日のこの場でカイルさんが謝罪を始める前の段階で、あなたが「カイルさんが今後浮気をしても別れません。そう心を決めました』と告げていたら、今後カイルさんはどのように振る舞ったと思いますか』
「間違いなく浮気を続けたでしょうね」
『もし彼の謝罪が本当にあなたを傷つけたことによるものなら、「浮気を許す」と言われても「セレンにそこまで思わせてしまうとは」と罪悪感からその提案は飲まないはずです。しかし決してそうはならないであろうことは、もうセレンさんも気付いてらっしゃるわけです』
『もう、これ以上何も言わずとも、彼の本心はわかっていますよね』
「はい、カイルとの婚約は破棄します」
「セレン、待ってくれ!もう一度考え直してくれ!」
「お別れです」
それから一ヶ月後にユリナがセレンのもとを訪れると、セレンはどこか迷いを抱えたような表情を浮かべていた。
『セレンさん、まだカイルとの婚約を破棄したことが正しかったのかどうか、迷っておられるのでしょう?』
「はい・・・。ユリナさん以外の友人からも『もう絶対に再構築するとか言い出してはいけない』と助言されているのですが・・・」
『それではセレンさんの配下の者に現在のカイルさんの様子を調べさせて報告してもらいましょう。そうすれば、今度こそセレンさんの心も本当に決まるでしょう』
「はい、わかりました。それではそのような指示を出すことにいたします」
そしてセレンの配下の者が調査から戻って来た日、ユリナは再びセレンの部屋を訪れて二人でその報告を聞くことになった。
「それで、カイルさんは現在どのような様子だったのでしょうか」
「それが・・・街中で『この婚約破棄は他人を離縁させて利益を得ている“離縁令嬢ユリナ”にセレンが騙されて行われた不当なもので、本当はセレンは今も私を愛している』と触れ回っておりまして」
「え、どういうことですか? もう少し詳しく教えてください」
「浮気も“離縁令嬢ユリナ”によるでっち上げであり私は被害者だと吹聴しておりまして。近々セレン様に復縁を求めるためにこちらに訪問することを考えているようです」
セレンは報告を聞いて絶句していた。
『セレンさん、これで彼が何も反省していなかったことが本当にわかったでしょう。あのような類の男の本性は大抵こうしたものです。彼は自分が悪いと思っているどころか、本気で被害者だと思っているのです』
「も、もう二度と彼とは顔を合わせたくありません。かようなことをしながら復縁を迫ろうと考えるなど、恐ろしいとしか言いようがありません。ユリナさん、どうすればいいでしょうか」
『私の名誉を貶めるための虚偽を吹聴していることに対して、私のお父様やお母様もひどく怒っていますから、間もなくそれ相応の報いを受けるでしょう。そうなればセレンさんに復縁を求めてくることもなくなるでしょう』
「本当に何もかもありがとうございます。ご迷惑までおかけして・・・」
『いえ、それはお気になさらず。ただし、もう二度とあのような類の男に騙されないようお気を付けくださいね』
「公爵令嬢である私に熱心に求愛してきた男と婚約したら、浮気されたうえに婚約破棄されて私の父が激怒!そこで選んだ私なりの究極の復讐とは・・・?」と「貴族令嬢に異世界転生したので権力を握って悪役令嬢として偽善者を悔しがらせる政治を進めたけど、そこに入ってきた邪魔者と対峙することに その結末は?」に続く、ユリナシリーズの第3弾です。




