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モンゴル帝国の侵攻  作者: レモンティー


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エピローグ:バーミヤンの戦い

■ 第一節:ひとつの死

砂塵の中で、叫びが遅れて届いた。

「……殿下!! 伏せてください!!」

だが、その声よりも矢の方が速かった。

若い騎馬が、ふっと前のめりになる。

「……っ」

喉から漏れたのは、言葉にもならない音だった。

副官が馬を飛ばす。

「医師を! 早く!!」

別の兵が叫ぶ。

「間に合わない……! 胸を貫かれている!」

誰かが呟いた。

「……あれは、ただの兵じゃない」


■ 第二節:報告

幕舎の中は異様に静かだった。

「報告せよ」

チンギス・ハーンの声は低い。

「……申し上げます」

跪いた男の額から汗が落ちる。

「孫のムトゥゲン殿下……戦死」

一瞬、空気が止まる。

「……もう一度言え」

「殿下は……敵の矢により……」

「誰がやった」

声が少しだけ深くなる。

「……バーミヤンの守備隊と……現地の弓兵と……」

言い終わる前に、別の将が割り込む。

「偶然の流れ矢です! しかし戦場では──」

チンギスが遮る。

「戦場?」

その一言で、幕舎の温度が落ちる。


■ 第三節:決断前夜

側近が恐る恐る言う。

「陛下、これは不幸な事故であり……」

「事故だと?」

チンギスはようやく顔を上げた。

「俺の孫が死んだそれを、“事故”と言うのか」

誰も答えない。

別の将が膝をつく。

「ご裁可を……どうか、軍を動かす許可を」

「もう動いている」

チンギスは立ち上がる。

「敵が何者であれ関係ない」

低い声が続く。

「この谷は……終わる」


■ 第四節:包囲の完成

斥候が戻る。

「報告! 退路、三方封鎖完了!」

「水源は?」

「制圧済みです!」

別の兵が叫ぶ。

「敵、交渉の使者を出しています!」

将軍が笑う。

「今さらか」

幕舎に戻って報告する。

「陛下、敵は降伏を──」

チンギスは言葉を切る。

「聞かなくていい」

「しかし……!」

「生きたいなら、最初から矢を放つな」


■ 第五節:最後の叫び

城壁の中。

「降伏だ!! 今ならまだ間に合う!!」

「黙れ! 我らはバーミヤンだ!」

「相手はモンゴルだぞ!? 勝てるわけがない!」

老人が杖を叩く。

「ならば何のために壁を作った!」

若い兵が叫ぶ。

「その壁はもう意味がないんだ!!」

外では、太鼓の音。

どん、どん、どん。

ゆっくりと、確実に、距離が縮まる音。


■ 第六節:陥落

門が壊れる瞬間、誰も叫ばなかった。

「……来るぞ」

「構えろ!!」

だが次の瞬間、それは戦闘ではなく“流入”だった。

「降伏する! 降伏する!!」

「遅い」

短い言葉とともに、秩序が崩れる。

ある兵が呟く。

「……終わったのか」

別の兵が答える。

「始まってすらいなかったんだ」


■ 第七節:命令

幕舎。

「陛下、捕虜の扱いは──」

チンギスは一度だけ目を閉じる。

「残すな」

「……すべて、ですか」

「すべてだ」

将軍が一瞬だけ沈黙する。

「子供も、女も……?」

チンギスは静かに言う。

「この谷に“未来”はいらない 犬一匹すら生かすな。」

その一言で、全員が理解した。

これは報復ではない。

“消去”だった。


■ 第八節:バーミヤンの崩壊(十院の悲鳴)

風が止んだ瞬間、世界は逆にうるさくなった。

「やめろ!! やめてくれ!!」

最初の叫びは、壁の向こうからだった。

次の瞬間、それは別の声に上書きされる。

「子どもを離せ!! 離せぇ!!」

谷の入口では、兵が静かに並んでいた。

怒号はない。合図も少ない。

ただ、一つだけ命令が繰り返されていた。

「残すな」

「お願いだ、見逃してくれ!!」

膝をついた男の声は震えていた。

その横で、女が叫ぶ。

「この子だけは!! この子だけは!!」

返事はない。

ただ、短い金属音だけが落ちる。

「走れ!! 逃げろ!!」

誰かが叫ぶ。

その声は途中で途切れた。

「……あっ」

それだけが残る。

十の院があったと言われる場所は、すでに一つの塊になっていた。

境界はない。扉もない。部屋もない。

ただ、人が集まっていた場所。

そしてそこから、悲鳴が重なっていく。

「見えない……何も見えない……!」

「火が……来る……!」

「母さん!! 母さんどこ!!」

「出してくれ!! ここから出してくれ!!」

一人の老人が壁に額を押しつける。

「わしらは何をした……」

答えは返らない。

代わりに、外から声がする。

「動くな」

それだけだった。

砂埃の中で、ある兵が呟く。

「……終わってるな」

隣の兵が答える。

「まだ終わってない」

「何がだ」

「静かになるまでだ」

そのとき、谷の奥で一番大きな叫びが上がった。

「助けてくれぇぇぇぇ!!」

そしてそれは、途中で途切れる。

幕舎の中。

「陛下への報告は」

「こう伝えます」

兵は一度だけ息を吸い、言った。

「バーミヤンは……終わりました」

それ以上は誰も言わない。

言う必要もない。

しばらくして、音が減っていく。

減っていく、というより——

声の出せる人間が減っていく。

やがて、残るのは風だけになる。


■ 第九節:諸行無常

瓦礫の間を抜ける風。

名前のあった場所を、名前のない地形に戻す風。

誰かが最後に言う。

「……ここに町があったって、誰が信じる?」

別の兵が答える。

「信じなくていい」

「どういう意味だ」

「残ってないものは、存在しない」

バーミヤーンの戦い(1221年頃)は、ホラズム・シャー朝との戦争の一環として起きた出来事である。


モンゴル軍がバーミヤーン渓谷の都市を包囲する中、チンギス・カンが後継者として最も期待していた息子チャガタイの子である若い王族モエトゥケンが、城塞からの流れ矢によって命を落とした。この出来事が戦局の決定的な転機となった。


その死をきっかけに、激怒したチンギス・カンは攻撃を一気に激化させ、バーミヤーンを完全に陥落させた。

さらに住民に対しては老若男女を問わず徹底的な虐殺が行われ、動物に至るまで壊滅的な被害を与えた。

結果としてバーミヤーンは都市機能を完全に失い、跡形もなく破壊された。

その後、この地はモンゴル語で「悪しきマウ・クルカン」を意味する名で呼ばれるようになったと伝えられている。


この事件は、戦争が単なる軍事衝突にとどまらず、個人的な悲しみや怒りによってその規模と苛烈さが増幅されうることを象徴する出来事として語られている。

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