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第二話 皇后の秘密の趣味

「あら、李后様!」

 回廊を歩いていると、声をかけられた。

 桂麗がそちらを向くと、頭を深々と下げている妙齢の女性がいた。

 妃の一人である、呉花花だった。

 父は豪商で知られている。彼女が後宮にあがる際に貴族の地位も得ていた。

 金細工の髪飾りを刺し、豪奢な長裾をまとった彼女は、桂麗が返事をする前に顔をあげた。勝ち気に上がる眉が特徴的だ。

 桂麗より年上であるが、衣装も化粧も若く華やかだ。まさに寵妃の装いだった。

「李后様もお散歩ですか」

「ええ。呉妃殿も、これから庭へ行くのですか?」

「そのつもりでしたが……陛下がお戻りですので、急いで部屋に帰りませんと」

 花花が、思わせぶりに口角をあげる。

「そう。呉妃殿のところにいらっしゃるのですね」

 未だ夫の冷淡な態度には胸が痛むが、妃達の言動に狼狽えることはなくなった。

「陛下も外におられましたので、温かな飲み物を用意してさしあげてください」

 皇后の務めは、夫である皇帝を支え、後宮の女達を束ねること。

 桂麗を支えているのは、その誇りだ。

「陛下も李后様のところへ通われましたら、私どもも楽ですのに」

「そうですね。誰か一人でも皇子を授かれば、皆、肩の荷がおりましょう」

 化粧であげていた眉尻を、花花がさらにつり上げた。

「……今に見ていなさいよ」

 ぽつりと、彼女が悪意を込めて小さく声をこぼす。おそらく、聞こえていないと思ったのだろう。

 だが、桂麗の耳はしっかりと拾っていた。

「失礼します」

 花花は忌々しげに一礼して、その場を去った。

「悔しゅうございます。あのような方が寵妃など」

 その姿が完全に見えなくなった後、後ろに控えていた女官の丹が言葉をこぼした。

「こんなところで、だめよ。丹」

 桂麗はすぐさまたしなめた。

「悔しくはないのですか、李后様。あんな嫌味を言われて……っ!」

「大丈夫。私も、かなり手痛いことを言ったと思うから」

 後宮の美女千人──というのは、大袈裟な喧伝だったと、ここに来て初めて知った。

 確かに昔はそうだったらしい。だが、今の后妃の数は、桂麗と花花を含めて片手で事足りる。

 あとは女官として仕えているが、彼女達を入れても千人には到底及ばない。

 そのいずれも、武徳帝の子を成していないのだ。

(誰かが早く身籠もってくれれば、というのは本心だけども、花花には酷いことを言ってしまった)

 彼女とて、家の期待を背負って後宮に来ただけだろうに。

「……部屋に戻ったら、筆と紙を用意してちょうだい」

 心のささくれは、早く癒やすに限る。

「今すぐ、詩を書きたい気分なの」

 詩作をしているときは、幾分か気分が紛れる。

「畏まりました。夜までは、李后様のお部屋には誰も近づけません」

「ありがとう、丹」

 詩は男女問わず、大事な教養だ。

 だが、桂麗にとっては唯一の趣味でもあった。

 自分が李宰相の娘でなく、もう一人の李桂麗──春暁麗人の名を持つ詩人になれる、安らぎの時間こそ、桂麗の癒やしだ。

 実家にいた時から協力してくれる丹以外は、誰も知らない秘密だった。

次の更新は、23:00を予定しています。

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