『足手まといの裏方』とSランクパーティーを追放されたので、辺境で気ままな商会を立ち上げましたが、
「クロエ。お前のような戦闘力ゼロの荷物持ちは、これからの戦いにはついてこれない。足手まといだ。今日限りでパーティーを抜けろ」
魔王領の直前に位置する、人類最後の安全な城塞都市・オルト。
その最も高級な宿屋の一室で、勇者である幼馴染のレオンは、氷のように冷たい声で私に追放を言い渡した。
「……えっ?」
私は自分の耳を疑った。
レオン、聖女のミレイア、戦士のガレス、そして魔法使いのルーカス。
私たち五人は、故郷の村を旅立ってからずっと一緒に戦ってきた、家族のような存在だと思っていたからだ。
確かに私は剣も振れないし、攻撃魔法も使えない。
私のスキルは『絶対収納』と『演算』、そして微弱な『防御結界』だけ。
だからこそ、私はパーティーの「兵站」を一人で担ってきた。
武器のメンテナンス発注、ポーションの消費期限と適正配分の計算、野営時の安全確保、宿の予約から移動ルートの策定まで。
彼らが「Sランクの英雄」として華々しく戦えるよう、見えない裏方の仕事をすべて完璧にこなしてきたという自負があった。
「レオン、冗談でしょう? 魔王領はすぐそこよ。私が物資の管理をしなければ、瘴気に当てられてポーションだってすぐに劣化してしまうわ。それに——」
「黙れ」
レオンが冷たく言い放つ。
いつもは優しい琥珀色の瞳が、今は私を汚いものでも見るかのように見下ろしていた。
「魔王領の奥地では、一瞬の判断の遅れが命取りになる。お前のような非戦闘員を守りながら戦う余裕は、俺たちにはないんだ。お前はただの後方支援……いや、ただの寄生虫だ」
「寄生虫って……」
あまりの言葉に、私は息を呑んだ。
助けを求めて他のメンバーを見るが、誰も私と目を合わせようとしない。
「レオンの言う通りよ、クロエ」
聖女ミレイアが、美しい金髪を揺らして冷たく笑った。
「あなたは安全な後方で、ただ帳簿をつけていただけ。私たちがどれだけ命を懸けて魔物と戦ってきたか、本当の意味では理解していないのよ」
「そうだな。お嬢ちゃんには、これからの血生臭い戦いは無理だ。大人しく田舎に帰って、パンでも焼いてな」
戦士のガレスが鼻で笑い、魔法使いのルーカスも無言で頷いている。
目の前が真っ暗になった。
幼馴染で、ずっと仲良くしてたよね?
ずっと一緒に、魔王を倒して平和な世界を取り戻そうと誓い合ったのに。
彼らにとって、私の献身はただの「足手まといの寄生虫」でしかなかったのだ。
「……わかったわ。そこまで言うなら、出て行ってあげる」
私は震える拳を強く握りしめ、涙をこらえて睨み返した。
「ほらよ、退職金代わりだ。これでさっさとこの街から出て行け。俺たちの目につかないところでな」
レオンが重い革袋を私の足元に放り投げた。
チャリン、と鈍い音がする。
中には、一生遊んで暮らせるほどの金貨が詰まっていた。
私を厄介払いするための、手切れ金。
「ええ、そうさせてもらうわ! あなたたちなんて、私がいなくなってせいぜい困ればいいのよ!」
私は革袋を拾い上げ、宿屋の部屋を飛び出した。
背後から引き留める声は、誰一人として上がらなかった。
***
城塞都市オルトの裏路地にある安宿で一晩泣き明かした私は、翌朝にはすっきりと顔を上げていた。
「あんな奴ら、絶対に後悔させてやるんだから」
私は冷水で顔を洗い、両頬をパンッと叩いた。
レオンたちから叩きつけられた金貨の袋は、想像以上に重かった。
これだけの資金があれば、この城塞都市で新しいビジネスを始めることができる。
私はすぐさま商業ギルドへ向かった。
驚いたことに、ギルドマスターは私の顔を見るなり、「おお、クロエ嬢! 話は通っているぞ。店舗の申請手続きだな。すでに優良な空き物件を押さえてある」とスムーズに対応してくれた。
どうやら、レオンたちが私をパーティーから追い出すために、事前にギルドに手を回してさっさと私が独立(あるいは定住)するように仕向けていたらしい。
どこまでも周到に私を切り捨てるつもりだったのだと、再び腹立たしさが込み上げてきた。
「上等じゃない。私一人の力で、あいつらより絶対に幸せになってやるんだから」
数日後、城塞都市オルトの目抜き通りに『クロエ物流・アイテム管理商会』がオープンした。
冒険者にとって、魔王領周辺でのアイテム管理は死活問題だ。
私は自身のスキル『演算』をフル活用し、冒険者パーティーごとの「最適なポーション所持数」「武器の耐久限界に基づくメンテナンス周期」「食料の適正カロリー配分」を瞬時に割り出し、コンサルティングとセットで物資を販売した。
さらに『絶対収納』のスキルを応用した「劣化しない魔法の貸金庫」サービスは大ヒットした。
瘴気の強いこの地域では、普通のカバンに入れたアイテムはすぐに傷んでしまうが、私の結界を施した専用ボックスなら鮮度を保てるからだ。
「クロエちゃん! あんたが計算してくれたポーションの数、ぴったりだったよ! おかげで荷物が軽くて助かった!」
「クロエさん、うちのパーティーの専属兵站アドバイザーになってくれないか? 報酬は弾むぞ!」
商会は瞬く間に大繁盛し、私は城塞都市の冒険者たちから「勝利の女神」「兵站の天才」と持て囃されるようになった。
忙しくも充実した毎日。
自分の仕事が正当に評価され、感謝される喜び。
レオンたちと一緒にいた頃の「やって当たり前の裏方」扱いとは雲泥の差だった。
私は完全に自立し、大商会の主として、何不自由ない満ち足りたスローライフを手に入れたのだ。
***
私が商会を立ち上げてから、一ヶ月が過ぎた頃。
城塞都市の酒場やギルドでは、魔王領の奥深くへ進軍した『勇者パーティー』の噂がまことしやかに囁かれるようになっていた。
「おい、聞いたか? 勇者レオンのパーティー、かなりヤバいらしいぞ」
「ああ。魔王城の手前で立ち往生してるって話だ。物資の補給線が完全に崩壊して、野宿を強いられてるらしい」
酒場へ納品に訪れていた私は、その会話を耳にして足を止めた。
「補給線が崩壊……?」
「なんでも、ポーションの在庫管理もまともにできてなくて、瘴気で全部ダメにしちまったらしい。武器も刃こぼれしたままで、まともなメンテナンスもされてないってよ」
「あいつら、戦闘力はバケモノ級だけど、生活能力は皆無だったからな。いつも優秀な支援術師が裏で全部手配してたらしいが……その子を追い出したってんだから、自業自得だよな」
「飢えと疲労で、まともに戦える状態じゃないそうだ。あのSランクパーティーが、ゴブリン相手に苦戦してたって目撃情報もあるぜ」
冒険者たちは呆れたように笑い合っている。
私は内心で、冷たいカタルシスを感じていた。
(……当然よ。私がどれだけ緻密な計算と手回しで、あなたたちの兵站を維持していたと思っているの)
彼らは戦闘の天才だったが、実務能力はゼロに等しかった。
私が毎日徹夜でポーションの劣化を防ぐ結界を張り直し、次の街のギルドに先回りで手紙を出して安全な宿と新鮮な食材を確保していたからこそ、彼らは「ただ戦うだけ」に専念できていたのだ。
それを「ただ帳簿をつけているだけの寄生虫」と切り捨てたのだ。
維持費を計算せず、収支のバランスを無視した結果、彼らのパーティーの家計簿が真っ赤に染まり、物理的に立ち行かなくなるのは火を見るより明らかだった。
「クロエさん。勇者様たち、今頃泣きを見ているでしょうね。クロエさんに謝って、戻ってきてほしいって思ってますよ、絶対に」
常連の冒険者が、私に同情するように言った。
私はふっと冷たく微笑み、首を横に振った。
「今さら泣きついてきても、絶対に助けないわ。私は今、自分の商会と、私を頼りにしてくれるお客様のことで忙しいもの。彼らは自分たちの無能さを呪いながら、泥水でもすすればいいのよ」
私を足手まといだと罵り、冷酷に追い出したのだ。
これくらい痛い目を見て当然だ。
典型的な因果応報。
私は一切の罪悪感を感じることなく、今日も商会の帳簿を黒字に染め上げていった。
***
それから、さらに数週間が経過した。
その日、城塞都市オルトは割れんばかりの歓声と熱狂に包まれていた。
空を覆っていた分厚い魔の雲が晴れ、何十年ぶりかに澄み切った青空が広がったのだ。
「魔王が討伐されたぞ!!」
「勇者様が、魔王を倒したんだ!!」
街中がお祭り騒ぎになり、人々は抱き合って平和の到来を喜んだ。
私も商会の窓から青空を見上げ、ほっと胸をなでおろした。
(レオンたち、なんだかんだでやり遂げたのね)
物資不足でボロボロになりながらも、持ち前の戦闘力で魔王を倒したのだろう。
きっと数日後には、この城塞都市に凱旋してくるはずだ。
その時、私に土下座して「お前がいなくて本当に苦労した。俺たちが間違っていた」と謝ってくるレオンたちの姿を想像し、私は少しだけ優越感に浸っていた。
謝られたら、どうしようか。
少しだけ嫌味を言って、最高級のポーションをぼったくり価格で売りつけてやろうか。
そんなことを考えていた私の商会に、王家の紋章を掲げた馬車が到着したのは、その日の夕方だった。
「クロエ・フォン・ローゼンバーグ様はいらっしゃいますか」
店に入ってきたのは、豪奢な鎧に身を包んだ王国の近衛騎士だった。
しかし、彼の表情は、魔王討伐の喜びに沸く街の空気とは対極にある、深い悲しみと沈痛さに満ちていた。
「はい、私ですが……。あの、レオンたちは? いつ凱旋するんですか?」
私の問いに、近衛騎士は言葉を詰まらせ、ゆっくりと首を横に振った。
そして、恭しく布に包まれた「何か」をカウンターの上に置いた。
布が解かれる。
そこにあったのは、刃がボロボロに欠け、どす黒い血に染まった一振りの「聖剣」だった。
レオンが肌身離さず持っていた、彼の命そのもの。
「……勇者レオン様をはじめ、聖女ミレイア様、戦士ガレス様、魔導師ルーカス様の四名は……魔王城の最深部にて、魔王と刺し違え、名誉ある戦死を遂げられました」
「……え?」
私の頭から、スッと血の気が引いていく。
戦死。
刺し違えた。
全滅。
「嘘……でしょう? だって、あいつらはSランクで……どんな敵だって、いつも無傷で倒してきたじゃない……!」
震える手で聖剣に触れると、べっとりと固まった血の感触が指に伝わった。
近衛騎士は深く頭を下げ、懐から一通の封筒を取り出した。
「魔王城の崩壊跡地から、勇者様の遺品と共に回収されたものです。あなた宛ての手紙だそうです」
私はひったくるように封筒を受け取り、震える指で封を切った。
見慣れた、少し癖のあるレオンの文字。
所々、血の滲んだ跡があるその手紙には、信じられない真実が綴られていた。
『クロエへ。
お前がこの手紙を読んでいるということは、俺たちはもうこの世にはいないということだ。
平和になった世界で、お前が笑ってこの手紙を読んでくれていることを祈る』
心臓が早鐘のように鳴り始めた。
私は息をするのも忘れ、文字を追った。
『まず、あんな酷い別れ方をして、本当にすまなかった。
お前を足手まといだと言ったことも、寄生虫だと罵ったことも、すべて嘘だ。
ミレイアも、ガレスも、ルーカスも、あの日お前に背を向けた後、部屋でボロボロに泣いていたんだぞ。
魔王領の最深部は、事前の偵察で、俺たちですら息をするのがやっとの【超高濃度の猛毒の瘴気】で満たされていることが分かっていた。
戦闘力を持たないお前がそこに一歩でも足を踏み入れれば、一瞬で命を落とす。
そして、魔王の軍勢は予想を遥かに超えて強大だった。
俺たちの力をもってしても、生きて帰れる確率はゼロ。
初めから「全滅覚悟の特攻」でしか、魔王の首を獲る方法は残されていなかったんだ。
だが、お前は絶対に俺たちについてくると言うだろう?
「私が兵站を管理しなきゃダメだ」って、命を投げ出してでも最前線に来ようとする。お前は昔から、そういう頑固で優しい奴だから。
だから、俺たちはお前を置いていくことにした。
お前に憎まれてでも、お前を一番安全な城塞都市に引き留めるために、あえて残酷な言葉で傷つけた。
本当に、ごめんな。
退職金として渡したあの金貨は、足りたかな。
商業ギルドのマスターには、話が通っているとおもう。
お前なら絶対に商人として成功するって分かっていたからな。
俺たちが物資も持たずに野宿していたって噂、聞いたか?
ダサいよな。
お前がいなくなって、ポーションひとつまともに管理できなかった。
今まで本当にありがとう。
クロエ。
俺たちの、自慢の幼馴染。
お前は裏方なんかじゃない。
俺たちの命を繋いでくれた、最高のパーティーメンバーだ。
俺たちは魔王と一緒に消えるけれど、どうか泣かないでくれ。
最後だから言うけど……いややっぱり辞めとくよ。
お前だけは、どうか平和になった世界で、長く、幸せに生きてくれ。
レオンより』
手紙から、ぽたりと涙が落ちた。
「ああ……あああぁっ……!」
私は、血に染まった手紙を胸に抱きしめ、獣のような声を上げて泣き崩れた。
彼らは無能だったわけじゃない。
兵站を軽視していたわけでもない。
「私がいなければ物資が尽きる」ことなど、彼らは最初から百も承知だったのだ。
退職金?
物資管理は私だろう。
あんな大金、持っているはずがない。
ポーション一つも管理できない?
バカ言うな。
そこまで馬鹿なわけないだろう。
それでも彼らは、私一人を生かすために、自分たちの補給線を完全に断ち切り、飢えと疲労に耐えながら、死地である魔王城へと歩を進めたのだ。
私が「ざまぁみろ」と冷たく笑っていたあの時。
彼らは泥水をすすりながら、私の幸せを祈り、世界を救うために命を削っていた。
『お前のような非戦闘員を守りながら戦う余裕は、俺たちにはないんだ』
あの日、レオンが言った言葉の本当の意味。
それは、「お前を死なせたくない」という、不器用で、残酷なまでの自己犠牲だった。
「バカ……レオンのバカ……ミレイアも、ガレスも、ルーカスも……大バカよ……っ!」
私は聖剣にすがりつき、声を枯らして泣き続けた。
誰もいない店内に、私の嗚咽だけが響き渡っていた。
***
それから三年後。
「クロエさん! 今日もポーションの仕入れ、お願いできるかな?」
「ええ、もちろんよ。新人のパーティーね? それなら、この予備の解毒薬も持っていきなさい。この先の森には毒を持った魔物が出やすいから」
城塞都市オルトにある『クロエ物流・アイテム管理商会』は、魔王が討伐され平和になった今でも、街で一番活気のある場所として賑わっていた。
私は今日もカウンターに立ち、冒険者たちに笑顔で物資を送り出している。
あの手紙を受け取った日から、私は毎日泣いた。
後悔して、自分の傲慢さを呪って、何度も死にたいと思った。
でも、そのたびに手紙の最後の言葉が、私を思いとどまらせた。
『お前だけは、どうか平和になった世界で、長く、幸せに生きてくれ』
彼らが命を賭けて、自分のすべてをなげうって守ってくれた命だ。
私がここで立ち止まってしまえば、彼らの覚悟を無駄にすることになる。
私は前を向いた。
彼らが遺してくれたこの平和な世界で、彼らが愛してくれたこの街で、誰よりも力強く生きていくことを決めたのだ。
「クロエさん、いつもありがとう! クロエさんの完璧な兵站のおかげで、今日も全員無事に帰ってこれたよ!」
若い冒険者が、泥だらけの顔で笑いかけてくる。
その笑顔の奥に、かつて共に笑い合った大切な仲間たちの面影が重なった。
「いいえ。無事に帰ってきてくれて、ありがとう」
私は優しく微笑み、窓の外を見上げた。
澄み切った青空の向こうで、レオンたちが「ほらな、俺たちの目に狂いはなかっただろ」と、自慢げに笑っているような気がした。
私は、世界最強のSランクパーティーが、その命を賭けて残した『ただの裏方』だ。
だからこそ、今日もこの平和な世界で、誰かの命を繋ぐために計算を続けるのだ。




