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第五章「聖夜に下りた奇跡」

ここまでお読みいただき、ありがとうございます。


この物語は、

正しい選択とは何か、

信じるとはどういうことか、

そして――失敗してしまったとき、人はどうやって立ち直るのか。


そんな問いを、

不器用な男と、少し不完全な天使を通して描いてきました。


この最終章は、

すべてが報われる話ではありません。

けれど、確かに残るものがある――

そんな結末になっています。


最後まで、どうかお付き合いください。

――12月24日 夜


 クリスマスムードも、この時間になると落ち着く。

 俺は街角で、一服していた。


 正直に言えば――

 俺は兄貴に対して、同情する気分じゃなかった。


 自業自得だろ、と思っていた。


 俺を切った。

 どう考えても罠としか思えなかった。

 取引現場へ行くと、すぐに警察に囲まれた。


 だが結果として、俺は逃げ延びた。

 それだけだ。


 だから、兄貴がどうなろうと――

 それは兄貴自身が選んだ結果だ。


 そう、思おうとしていた。


「……直樹さん」


 セラフィが、静かに口を開く。


「まだ、そう思っているのですか?」


「あぁ」


 短く答える。


「切られたんだ。

 しかも、あと一歩でガキ共々、豚箱行きだった」


 セラフィは、すぐには反論しなかった。

 だが少しだけ、困ったような顔をしてから言う。


「兄貴さんは、

 本当に直樹さんを陥れようとしたのでしょうか?」


「何がだ」


「確かに現実的には、直樹さんのおっしゃる通りです。

 取引現場に入るなり、警察が取り囲みました。

 誰かが“ここで麻薬の取引が行われる”と警察へ知らせ、

 警察は最初から踏み込む準備をしていました」


「そうだ」


「そして、その情報を握っていたのも、

 警察へ連絡できたのも、

 兄貴さんしかいません」


「……」


「直樹さんは今、その憤りで満たされています。

 でも、その中に、ほんのわずかですが……

 迷っていることがあるのではありませんか?」


 セラフィは、文字通りお見通しらしい。


 いつもの“感情の色を見る”という能力なのだろう。

 自分でも気づかない心の揺れを、

 視覚として捉えている。


「確かにセラフィの言う通り、

 疑いようのない現実は、全部揃っているのに……

 俺は、何を迷っているんだろうな」


「……いや、いい。

 所詮、人間なんて、皆そういうもんだ」


 そう言うと、セラフィは少し表情を和らげ、続けた。


「ほら。

 いま直樹さんの心は“本当のことを知りたい”のに、

 無理矢理、自分に言い聞かせようとしました」


 悪意がないところが、嘘発見器よりたちが悪い。


「それに、もし本当に兄貴さんが

 直樹さんを陥れるつもりなら……

 あのとき、責任を取る必要はありませんでした」


 胸の奥が、わずかにざわついた。


「先日の事件。

 親組織の事務所で起きたこと。

 兄貴さんは、直樹さんを守るために、

 自分が矢面に立ちました」


「……」


「陥れるつもりだった人が、

 あのような行動を取るでしょうか?」


 俺が迷っているのは、それなんだろうか。


 だが、心のどこかで、

 その言葉が引っかかっているのも事実だった。


「……偶然だ」


「本当に、そうでしょうか?」


 セラフィの声は、俺の心を揺らし続けた。

 逃げ場を与えない響きがあった。


「直樹さん。

 一度だけでいいので、今回のことを……

 最初から、調べてみませんか?」


 調べる。


 それはつまり、

 兄貴を疑うのを、一度やめるということだった。


「……」


 俺は、深く息を吐いた。


「……一度だけだ」


 それだけ言った。


 昼間に話をした元ヤクザを呼び出した。


 島の外れの、人気のない居酒屋。

 暖簾をくぐると、男はすでに酒を飲んでいた。


「松下の若ぇのか」


「聞きたいことがある」


 単刀直入に切り出す。


「最近、親組織が動いてるって話、知ってるか」


 男は、一瞬だけ目を伏せた。


「解せねぇな。

 さっきの件も、それだろ?

 あんた、組に仕返ししたかったんじゃねぇのか?」


「……」


「まぁいい。

 あんたにも関係のある話だ」


 男は低い声で続ける。


「近頃、闇バイトまで使って売りさばいてる

 麻薬組織、あるよな?」


「あぁ」


「その麻薬組織を、丸ごと潰すつもりだ」


「それだけか?」


「いや……」


 男は声を落とす。


「闇バイトって性質上、

 “誰を潰すか”が、なかなか絞れねぇ」


 嫌な予感が走った。


「だから、関わった疑いのあるやつを、

 片っ端から潰していくらしい」


 背筋が、凍りついた。


「そのリストに……

 名前が載ってるやつも、まとめてな」


 男は封筒を置いた。

 中には、麻薬組織と関係のある人物のリスト。


 そして――


「ガキ。

 あのオッサン。

 それから……」


 一拍置いて。


「お前だ、直樹」


 耳鳴りがした。


「……俺が?」


「名前が出てる。

 ガキを使った闇バイトに関与した疑い。

 証拠は、作れる」


 胸が冷えた。


「じゃあ、兄貴は……?」


「知ってたんだろうな」


 男は、そう言った。


「だから、お前を警察に引っかけて、

 一度、表から消すつもりだったんだ」


 世界が、反転した気がした。


 倉庫。

 警官隊。

 タイミング。


 全部、繋がった。


「……」


 言葉が出なかった。


「まだ間に合うかもしれねぇぞ」


 男は酒を煽りながら言った。


「俺が浅はかだったばかりに……

 兄貴も、組のみんなも……」


 店を飛び出した。


 松下組へ向かう。


 事務所へ駆け込むと、

 すでに大騒ぎになっていた。


「兄貴は!?」


「あ、藤田さん。今までどこに?

 大変だったんスよ!」


「急にハジキを持った連中が

 大勢押しかけて来てよ」


「みんな連れて行かれそうになったとこで、

 カシラが一人で話をつけてくるって……」


 血の気が引いた。


「それで、兄貴はどこに?」


「わかりません。

 連中の車に乗せられて、どこかへ……」


 セラフィの方へ振り向く。

 だが、困ったような顔で首を横に振った。


 万事休すか……。


 いや、心当たりが一つだけあった。


「セラフィ、行くぞ!」


 事務所を飛び出し、車へ飛び乗る。


「直樹さん、どこへ……?」


「町外れの……あの倉庫だ」


 そうだ。

 一袋置いた、あの倉庫へ向かったのかもしれない。


 走った。


 頭の中が、真っ白だった。


 倉庫に着いたとき、

 すでに銃声が響いていた。


「兄貴!」


 中へ駆け込む。


「直樹さん、あそこに!」


 セラフィが指さした先。

 床に倒れている影。


 血。


 兄貴だった。


「……直、樹……

 おまえ、どうして……」


 かすれた声。


 その前に立つ、親組織のヤクザ。


「それ以上、兄貴に指一本でも触れてみろ。

 おまえら全員、許さねぇ!」


 睨み合いすらさせてもらえない。

 相手は二、三十人。

 こっちは一人で、丸腰だ。


 それでも引き下がるわけにはいかない。

 俺は、すでに兄貴に向かって走り出していた。


「やっちまえ!!!」


 拳銃が、一斉にこちらを向く。


 引き金に、指がかかる。


「セラフィ!」


「はい!!!」


 叫んだ。


 次の瞬間――

 世界が、白く染まった。


 強烈な光。

 空気が、震える。


「……どうか」


 セラフィが、前に出る。


「この人たちを、護らせてください」


 奇跡が、降りた。


 銃声。


 衝撃。


 だが――痛みがない。


 傷が、塞がっていく。


「な、なんだ……!?」


 これまで見た奇跡とは、まったく違う。


 何度も銃で撃たれながらも、

 一歩ずつ、前へ進む。


 ヤクザたちが、怯えた。


「クソ、どうなってやがる!」


「これならどうだ!!」


 ヤクザの一人が、手榴弾まで持ち出した。


「くたばりやがれ!」


 凄まじい爆音。

 辺りに立ちこめる煙が、ゆっくりと消える。


 俺は、立ち上がった。


 ヤクザたちを、睨み返す。


「……死にてぇ奴だけ、掛かって来いやぁ!」


「バ、バケモンだぁ!!」


 連中は、逃げていった。


 静寂。


 なんとか兄貴を助けるも――

 背後でセラフィが降りてきた瞬間、

 そのまま倒れた。


「セラフィ!」


 抱き止める。


挿絵(By みてみん)


「直樹……

 そこに、あの娘がいるのか?」


 兄貴も、腕の中を心配そうに覗き込む。


 あまりにも強力な力を使い、

 一時的に、セラフィの姿が見えていたのか。


 白い翼が、淡く揺れている。


「……直樹さん」


 微笑む。


「よかった……

 兄貴さんと、仲直りできたんですね……」


「何を……」


 セラフィは、俺の手にある傷を、

 力なく見つめた。


「あぁ、やっぱり……」


 小さな傷。

 昔から、そこにある痕。


「あなたでした」


「?」


「昔、私を助けてくれた……

 あの少年……」


 記憶が、蘇る。


 小さな鳥。

 路地裏。

 猫。


「……あぁ」


 24時を告げる、鐘の音。


「やっぱり直樹さんは、

 人を思いやれる、優しい人でした……」


 セラフィの体が、光に溶けていく。


「ありがとう、直樹さん」


「待て!」


 声は、届かなかった。


 クリスマスの奇跡は、終わった。


 その後、俺は組に戻った。


 兄貴とも、以前のような隔たりというか、

 距離みたいなものがなくなり、

 お互いに、気楽に話す仲になっていた。


 いつも通りの毎日に、戻っていた。


 年が明けて、しばらく経った頃。


 一度だけ、彼女は現れた。


「どうしても気になっちゃって……

 来ちゃいました」


 事務所で、兄貴と二人だけのときだった。


 セラフィは兄貴の前に立つと、

 両手で包む。


 包帯を外す。


 失われた指が、元に戻っていた。


 兄貴の、呆然とした顔。


 それが、どうしても忘れられない。


 俺は、このクリスマスの出来事を。

 そして、彼女の顔を――

 一生、忘れないだろう。


【第五章・完】

【最終章・了】

最後まで読んでくださり、本当にありがとうございました。


セラフィは、最初から「完璧なヒロイン」として描くつもりはありませんでした。

間違え、迷い、後悔し、それでも前を向こうとする存在です。


直樹もまた、

正義感の強い主人公でも、万能なヒーローでもありません。

疑い、怒り、復讐を選びそうになりながら、

それでも誰かを思う気持ちを捨てきれなかった人間です。


二人が出会い、すれ違い、別れたことで、

何かが少しだけ変わった。

それだけの話なのかもしれません。


けれど、

誰かを想って選んだ行動は、

たとえ別れに繋がったとしても、

決して無意味ではなかった――

そう信じて、この物語を書きました。


もしこの物語の中で、

一つでも心に残る場面や言葉があったなら、

それ以上に嬉しいことはありません。


またどこかで、

別の物語としてお会いできたら幸いです。


ありがとうございました。

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