第二章「守るための罪」
※本作には、暴力的な描写や、社会的に重い題材が含まれます。
ただし、これらを肯定する意図はありません。
「正しさ」と「現実」が必ずしも一致しない世界で、
人はどこまで他人の事情を汲み取れるのか。
そんな問いを軸に描いています。
苦手な方はご注意ください。
――12月22日 夜
松下組の事務所は、昼間よりも夜のほうが落ち着かない。
人が減る分、空気が重くなる。
俺は呼ばれて、兄貴の前に立っていた。
「島でな、勝手に闇バイトを回してる奴がいる」
兄貴はそう言って、灰皿に煙草を押し付ける。
「闇バイトってなんですか?」
肩のあたりで飛んでいるセラフィが、緊張感のない口調で質問してくる。
「ちっと黙ってろ……」
兄貴は一瞬ギロッと睨むと、話を続けた。
セラフィの姿は見えていないようだった。
「運び屋の斡旋だ。
しかもガキが絡んでるらしい」
闇バイト。
ガキを使う。
俺の中で、嫌なものが一気に重なった。
それはもう、話を聞くまでもない。
「……潰せ、ってことですか」
「ああ。
穏便に済ませろとは言わねぇ。
だが、揉め事は増やすな」
そう言われた時点で、答えは出ている。
やれ、ということだ。
「目星は付いてるんすか?」
闇バイトといえば、最近ニュースで見かけるあれだ。
高額な報酬で犯罪の実行犯を募集する。
引っかかるのは、たいていガキだが、黒幕は見えないのが定番だ。
しかし、今回は事情が違うようだ。
おおよその場所を聞き、俺は黙って頭を下げ、事務所を出た。
外に出ると、セラフィは何か言いたそうな顔でこっちを見る。
「闇バイトっつうのはな、仕事のフリして犯罪させるやつよ」
「お仕事ですか?
でも悪いことなんですよね。
誰がやりたがるんですか?」
「だいたいの場合は、応募してきたやつの弱みを握んだよ。
事前に個人情報を手に入れたりな。
それで脅して、否応なくやらせるっつうか」
「警察に通報しないんですか?」
「それができないガキが、引っかかんのよ」
「それは酷いですね」
「ああ。
一番、タチの悪いやつだ」
何も知らねえガキを使い潰す。
そういう話はいくらでも聞いてきた。
だから、今回も同じだと思っていた。
――少なくとも、その時までは。
件の町外れへとやってくる。
そこは想像以上に、汚え建物が並んでいた。
「随分と寂れた場所ですね……」
ホームレスや不法入国者が詰めてそうな、
そんな雰囲気の立ち込める雑居ビルが並ぶ。
聞き込みをすると、部屋はすぐにわかった。
だが同時に、意外な話も出てきた。
「ストリートキッズを集めてる男がいる」
「飯と寝床を与えてるらしい」
「裏で仕事を回してるって話だ」
「身寄りのない子供たちの面倒を見ている方なのでしょうか?」
「そんなわけあるかよ……。
セラフィさんよ、前にも言ったが、
人間ってのは立場によっちゃ、どんな悪どいことでもやる生き物なのよ」
自分の手を汚さねぇやつは、いつもそうだ。
自分が痛い目を見ないなら、どんなことでもやる。
そして問題が起きたら、やったやつのせいにする。
何度もそんなやつを見てきた。
何度も、な……
「そんなことはありません。
根底には人を思いやり、助け合い、
協力し合うものです。
なにか理由があって、そうせざるを得ないのでは?」
セラフィは相変わらず、頭がお花畑みたいなことをのたまう。
「じゃあ、なにか?
どっかの国で戦争をやってるやつも、
奴隷を死ぬまでこき使ってるやつも、
欲のためじゃなく、仕方なくやってるっつうのか?」
「そうです。
なにか事情があるはずです」
「そんなわけねえだろ。
カタギの企業ですら“リソース”とか言って、
人を人扱いしてない社会だぞ。
今回も、ガキを使いやすい駒くらいにしか思ってねぇよ」
そうこうしているうちに、町外れへとやってくる。
「ここだな……」
ビルの間から入ると、薄暗い建物が目に入る。
扉の前に、ボロボロの服を着た男が立っていた。
「よお、あんたかい?
ここいらでガキを使って、手広くやってるってのは」
「なんでぇ、おめぇは?」
すかさず男の襟首を掴み、勢いよく壁へ押し付ける。
「直樹さん!」
セラフィが止めに入るが、俺は話を続ける。
「松下組のもんだって言えば、わかるか?
なに俺らの島で、勝手してくれてんだよ」
「まっ、待ってくれ。
中で子どもたちが寝てるんだ……」
「あ?」
「確かに俺は、子供たちに仕事をさせてる。
そうでもしねえと、寝るとこもねえようなやつらなんだよ」
「そんな話、誰が信じるかよ」
「待ってください、直樹さん。
この方は、嘘を言っている色をしていません」
思わず、舌打ちが出た。
横にいるセラフィに、顔だけ向けて話しかける。
「またそれかよ」
「でも……」
虚空へ話しかけるかのような俺を、男は不思議そうに見ている。
「前にも同じこと言ってたな。
なんなんだよ、その色ってのは?」
「私には見えるのです。
人の心の色が……。
この方は、嘘を言っている色をしていません」
「色?
じゃあ、なんでこの間は嘘を見抜けなかったんだよ?」
「それは……」
問い詰めるも、セラフィは負けじと反論を続ける。
「それはわかりませんが、今回は間違いありません。
この方は心の底から、子供たちのことを思っています。
直樹さん、少しだけでも話を聞いてあげてください」
「闇バイトだぞ。
ガキを使って金を回す。
それで善人なわけあるか」
セラフィは何も言い返さなかった。
ただ、困ったような顔で男を見ている。
「おじさんに何をするんだ!」
突然、背後から強烈な体当たりをされ、地面に転がる。
騒ぎを聞きつけ、部屋から高校生くらいの青年が姿を表し、
俺にタックルをしかけてきた。
ドサッと、壁に押さえつけていた男も倒れ込む。
「直樹さん、大丈夫ですか!」
「ってえ、このガキっ!」
立ち上がると青年の首を掴もうとするが、
何か硬いものが、別の場所から飛んできて、
頭へと直撃する。
「おい、お前達、やめるんだ!」
「でも、おじさん、この人!」
「いいから、部屋に入って鍵をかけてろ。
早く!」
数人の子供が部屋へ駆け込み、扉を閉めようとするが――
「セラフィ!」
「はいっ」
扉が閉まる直前、セラフィが止めた。
子供たちは一生懸命に扉を閉めようとするが、
なにか不思議な力で、抑えられていた。
部屋の中を見た瞬間、拍子抜けする。
中には、毛布と簡単な食事。
床で眠っている子どもたち。
誰も縛られていない。
怒鳴り声もない。
……使い捨てにする気なら、
こんな面倒なことはしねぇ。
男は、俺を見ると、観念したように肩を落とした。
「縄張りで、何してる」
低い声で言う。
「闇バイトの斡旋だろ」
男は否定しなかった。
「危ねぇ仕事もある。
それは、わかってる」
そして、少し間を置いてから言った。
「でも、路上に戻したら……
こいつらに、行く場所なんかねぇよ」
その言葉に、俺は一瞬、言葉を失った。
正しいとは言えない。
だが、間違っているとも言い切れない。
場所を離れ、路地に出た。
「……なんで、あいつを信じた。
色って、なんなんだよ?」
俺はセラフィに問いかけた。
セラフィは、少し困ったように視線を逸らす。
「私には、人の心が……
色のように見えるのです」
「どういうことだ?」
「恐怖、後悔、責任……
あの方には、それしかありませんでした」
なるほど、と思う前に、続きが来る。
「ですが……
この間のように、何も変化がない人もいました」
声が、わずかに震えていた。
「それが、なぜかわかりません」
俺は鼻で笑った。
「……便利な目だな」
だが、すぐに続ける。
「そりゃあれだ。
お前が見ているのは、雰囲気っつうか、感情の起伏なんじゃねえか?
この街にゃ、息を吐くように嘘も言うやつもいる。
そういうやつは、人を騙すことを、なんとも思っちゃいねえ」
セラフィは、何も言わずに頷いた。
俺は、男に言った。
「続けるな」
男が顔を上げる。
「ガキは、これ以上使うな」
「……いいのか」
「よくはねぇ」
はっきり言ってやる。
「今回は俺が預かる。
だが、ガキを使うのは黙っちゃいねえ」
それは、見逃すという意味じゃない。
俺が、責任を被るという意味だ。
組への報告は、簡単だった。
「闇バイトの元は潰しました。
もう島では回りません」
嘘は言っていない。
全部は言っていない。
兄貴は、少し黙り込んだ後、煙草を消した。
「……お前」
一拍置いてから言う。
「余計なもん、背負ったな」
それ以上は、何も言われなかった。
夜道を歩く。
セラフィは、少し俯いていた。
「……なんだか、もどかしいです」
「あ?」
「直樹さんが預かると言っていたのは、
あの方と子供たちが何か問題を起こしたら、
直樹さんが責任を取る、ということではないのですか?」
「……あぁ」
「ヤクザが責任を取らされるのって、その……」
「この街にゃ、悪いことをやってるやつぁ、掃いて捨てる程いる。
だが、それも必要になる時があるってこった」
セラフィは、複雑な顔のまま、何も言わなかった。
正しかったかどうかなんて、
俺にはわからねぇ。
ただ一つ。
昨日より、
少しだけ胸が重い。
――第二章 完。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます。
第二章では、
「悪いことをしている人=完全な悪人なのか」
という点を描いてみました。
直樹の判断は、正しかったのか。
セラフィの言葉は、現実を理解していたのか。
答えは、この時点では出ていません。
ただ一つ確かなのは、
直樹自身が、昨日より少しだけ
重いものを背負ったということです。
次章では、その“迷い”が
思わぬ形で裏目に出ていきます。




