新たな出会い
頭を強く打ち、意識が遠のいた。次に気が付いたとき、まず感じたのは、サウナのような蒸し暑さ。そして、土と草木の匂い。瞼の裏が焼けるように熱い。ゆっくり目を開けると太陽が俺を照らしていた。煌々と光っていた蛍光灯はどこにもなく、代わりに木々が揺れていただけだった。かすかに煙の匂いがする。今はいつなんだろう。日中ってことは学校もあるよな...そうして、ポケットの中のスマホを取り出す。午前8時。しかし、圏外。ここはどこなんだろう。地図アプリを開いてみるも、GPSは沈黙している。そういえば、冬だったよな。なぜこんなに暑いのか。まさか...?いや、そんな非現実的なことが起こるわけがない。いや...でも、煙の匂いは本物だろうし、第一に俺は神社にいるはずなのに神社の建物がどこにもない...仰向けになりながらいろいろ考えていると、俺をのぞき込んで見る一人の少女が現れた。
「大丈夫ですか?」
突然の出来事に困惑していると、続けて青年が現れた。
「怪我しとらんか?」
とそこには簡素な着物を身に着けたまっすぐな目をした青年がいた。急な出来事に戸惑い、声が出ずにいると青年が続けて
「こがな暑い格好して。あんたどこから来んなっただ?」
「どこって...星美町ですが...」
額の汗をぬぐいながら、淡々と話す。焦りと暑さで滲んだ脂汗である。
「星美町?そがな町知らんな。カナ、知っとるか?」
「畿内のほうかね?うちも聞いたことないわ」
「そうか。そりゃあ遠くから来なさった。とりあえずこがなところで寝とったらあかん。うちへおいで。」
「盗ってけ----!!!」遠くから聞こえたと思った瞬間、青年と男性二人の間で目の前で信じられない光景を目の当たりにした。一瞬だった。青年が刀を抜いた瞬間男性二人がコロッと血を出して倒れてしまった。そもそも、青年が刀を持っていること、そして、追いはぎが存在すること。この二つが、予想を裏付ける一番の証拠だったのだ。俺は、立ちすくんでいた。同時に、もう取り返しのつかない場所、時間にきてしまったのだと悟った。
青年とカナという少女の家に上げてもらった。畳と線香の香りがする部屋に案内された。おばあちゃんちを思い出す。大きな日本刀や誰のかもわからない遺影があったなあ。しばらくすると青年が茶と着物を持って現れた。
「見苦しいところをお見せしてしまーたな。すまなんだ。」
青年はそういうと、俺に湯呑を差し出した。湯気の立つ茶を一口飲む。熱い。しかし、同時に安心を手に入れた。
「あ...いえいえ。助けて下さりありがとうございます。」
用意してくれた着物に身を包みながらそう言う。
「ところで坊主。奇抜な髪形と服装をしとるが、星美町...?っちゅうんは西洋の町か?」
「あ...いや。鳥取のー...」
「鳥取?久松山のほうか?」
そうだ。久松山というのは、鳥取という名前の由来の地でもあるのか。俺は言葉が詰まる。
「あーいえ、なんていえばいいだろう...。まあそうです。」
鳥取が通じないということは、俺の嫌な予感は的中したようだ。この時代の人々にタイムスリップしたなんていっても、目を点にされるだけだろうし、ここは、おとなしくうなづいておくのが得策だ。しかし、星美町という呼称が通じないということは、ここはどこなんだ。意を決して尋ねてみる。
「ここはどこなんですか?」
「どこって。松風村だが。」
松風村!月浦と見た郷土史の中に何度も出てきた地名だ。この神社があった場所の小字が「松風」だった。つまり、俺は同じ場所にタイムスリップしたことになる。
「ちなみに今は何年ですか?」
「何年って。天正七年だ。あんた。そがなんも知らんっちゅうことは、さては西洋人か?」
「いえ...いえ...倒れた衝撃で記憶がちょっと曖昧になってしまって...」
天正七年だと...。西暦にして1579年。ちょうど信長が丹波を平定した時期なのでは。
「織田信長って...知っていますか?」
もう一口お茶を飲む。さっきとは違い、すでにぬるくなったお茶を一気に飲み干した。
「織田信長...?右大臣のことか?あのあほうの右大臣か。そうだな。丹波丹後が平定されて次は我が身だな。確実に西に進軍する。そうなりゃあ、うちもいかなーならん。主君の経家公も今はぴりぴりしとるそうだ。」
息を飲んだ。驚いた。経家こと吉川経家は俺の祖先と聞かされてきた。そのため、経の字は通字としていまだ残っている。また、経家は再来年、死ぬ。前に立っている人物はいったい誰なのか。尋ねてみよう。
「あなたのお名前は...?」
「うらは月兵衛や。そして、妹のカナや。」
月兵衛...!
そうか!この百姓が月兵衛なのか!星美神社で祀られている百姓、月兵衛はこの青年だったのか...この人物につけば、星美神社の謎がわかるかもしれない...。そう思うと、不思議とこの世界で生きていく覚悟が出来てきた。




