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【4】ラファエル・アルシュバーン侯爵

覚めないはずの眠りから、私は目を覚ました。


最初は、何が起きたか分からなかった。

体が重くてほとんど動かず、頭がひどくぼんやりしている。

視野には天井の壮麗なシャンデリアが映り込み、そして二十代半ば手前の美丈夫が今にも泣き出しそうな顔で私を見下ろしていた。


「…………目覚めてくださったのですね」

その青年は、声をふるわせて笑みを浮かべた。『美の化身』という言葉が似合う、しっとり濡れた色香を纏う美青年だった。


淡いストロベリー色を帯びた金髪(シャンパンブロンド)が金色の波のように輝き、同じ色調の長いまつげは優美なアーチを描いている。神秘的な紫の瞳もまっすぐ通った鼻筋も、彼の完璧な美貌を彩っていた。



青年は私の手を取ると、そっと自身の唇に寄せた。

「会いたかった。ずっと……ずっと、あなたに会いたかったです」


ぽろり、と目からこぼれた涙はまるで水晶のようで。

絵になるわぁ……、いい男って泣いても絵になるのねぇ……。ぼんやりした頭で、私はそんなふうに思っていた。


(……あぁ。これは夢ね、きっと)


夢でなければ、絶対にありえない状況だもの。

美青年が私の手首や頬にやわらかいキスを落としながら、「美しい」とか「天使のようだ」とか囁き続けているなんて。なんて虫のいい夢なのかしら。


元婚約者のダミアンは最低な浮気男だったし、修道女になってからは異性との接点などあるはずもなく、私の人生は甘い色恋とは無縁だった。だから、こんな目に入れても痛くないような美男子にトロトロに甘やかされるなんて、初めてで。されるがままに、「いい夢だなぁ」とまったりしていた。


「もう二度とあなたを離しません」

おでこにチュ、とキスされた。本当に甘い夢。


ところで夢って、こんなに体温がリアルだったっけ?

私、いつから寝ていたのかしら。


そこでふと、

(あれ? 私、死んだんじゃなかった?)

……と思い至って違和感を持った。


(……ふぅん、死んでも夢って見れるものなんだ。ところで私、なんで死んだんだっけ)


ぼんやりした頭で思い返していると、不意に「シスター!」と叫ぶレイの声が耳の中によみがえった。

そうだった――私はいばら病で、覚めない眠りに落ちたはずだ。


私はハッとした。

目の前にいる美青年がレイによく似ていると、今さらながら気づいたからだ。


「れ、い……」

思わず、そう呟いた。すると彼は目を見開いて――。


ばっ。

(だ、抱きつかれた!??? きゃあああ……!?)

「覚えていてくれたんですね! 嬉しいです、シスター・エルダ!!」


ぎゅっと強く抱きしめられ、私は混乱の真っ只中にいた。

シスター、シスターと言いながら幸せそうに泣いている、この美青年は誰ですか!?


彼を押しのけたいけれど、腕に全然力が入らなかった。

ついでに悲鳴も上げたかったけれど、喉にも力が入らない。


(ちょっ……誰よ、この人! レイにすごく似ているけれど、本人じゃないのだけは確かだわ! だってあの子はまだ子どもだもの。……とするとこの人は、レイのお兄さんとか、親戚とか?)


抱きしめられた拍子に、ベッドの側に置かれた鏡に私の姿が映った。

…………あれ?

私の顔、なんだか老けてる。

どう見ても、10代の顔じゃあないんだけれど。


(えええええ――!? どういうこと!?)

絶叫したかったけれど、喉に力が入らずにかすれた声が漏れるだけだった。

「……ぇ、……う……っ」


「ああ、声もかわいらしいですね。本当に、昔のままです」

と、美青年は赤子の発話を愛でる親のような顔をして喜んでいる。いやいや、笑っている場合じゃなくてですね!?


「でも、まだ無理をしないでくださいね、シスター・エルダ。あなたは10年近く眠り続けていたんですから」

(10年!?)


彼は「医師を呼びます」と言って、呼び鈴を鳴らした。現れたのはふくよかで気品のある五十代と思しき女医で、私を丁寧に診察すると「アルシュバーン侯爵閣下。エルダ様の状態は良好でございますよ」と、にこやかに告げた。


体が動かず声も出せない私は、仕方なく目だけ動かして青年を見つめ、無言で疑問を投げかけた。

察したように、彼は答える。


「彼女はドクター・ビーナ。新大陸から私が呼んだ、いばら病治療のスペシャリストです」


(新大陸? ……いばら病の治療?)

「……ど、ぅ、」

「どういうことか、と聞きたいのですね?」

彼は私の手を握り、まっすぐに覗き込んできた。


「シスターが気づいてくださった通り、私はレイです。あなたが意識を失ってから約十年――正確には、九年七か月の月日が経過しています」

(うそでしょ――!?)


愕然としている私を気遣うような表情で、彼は続けた。


「そして、今シスターがいるこの場所はミリュレー修道院ではなく、王都にあるアルシュバーン侯爵邸です」

「……!?」

アルシュバーン侯爵家と言えば、この国でもっとも由緒ある家門のひとつ……名門中の名門だ。どうして私がそんなところに!?


「驚かないでください、シスター・エルダ。実は私はアルシュバーン侯爵家の生まれでして、本当の名はラファエル・アルシュバーンと言います。……あなたが名付けてくれた『レイ』という名のほうが、はるかに価値があるのですが」


と、苦笑しながら彼は続けた。


(それじゃあこの人、本当にレイなの……?)


「10歳のころに訳あって家を離れた私は、貧民街で暮らしていました。そんな私を救ってくれたのがシスター・エルダ、あなたです」


遠い昔を懐かしむように、彼は目を細めている。


「シスター・エルダが昏睡に陥ったあと、私はこのアルシュバーン侯爵家に戻りました。……些末なことは少なからずありましたが、最終的には私が当主となり、アルシュバーン家の全権限を掌握することに成功しました。侯爵家の保有資産をもってすれば、不治の病と呼ばれるいばら病すら治療が可能となったのです」


いろいろ割愛しているけれど、凄まじいことを言っている気がする。


「あなたを目覚めさせるまで長い歳月がかかってしまいましたが、こうして再び会えて私は本当に嬉しいです。――もう、二度とあなたを手放しません。この生涯をかけて、私があなたを支えますから、安心して私にすべてをゆだねてください」


あ、あわわわわ……。

ゆったり微笑む彼の姿は、神々しささえ感じるほどに美しい。だけれどなぜか、執念じみた気迫が全身から吹きあがっているようにも感じられた……。


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