儚くとも倖せな
畦道を、一寸先も見えぬ暗闇を、銀に輝く花畑を、緩やかな下り坂を越え、Aと私はずいぶん歩いてきた。
ふと、振り返ってみた。我々の足跡は雨にさらわれ、風にさらされ、薄くなる。体は決して、真後ろを向くことはできない。足はひとりでに、前へ前へと進んでいく。
我が親友がせめてひととき、歩みを止めてくれればいいのに。
「……」
私の願いが通じたか、私の前方を歩いていた彼は足を止めた。
ザアッ
風が吹く。
今いるのは、草原だ。背の低い草が足元を覆い、爽やかな風の香りが背中を押す。
「私は、ここまでだ」
Aがそう言い切ると同時に、私の足は、彼を置いて進み始めた。
足跡と平等に、Aの姿は霞みゆく。美しさを増しながら、その影だけを残して消えてゆく。
「行くな、行くな!」
何度叫ぼうと、足は止まらない。
儚くとも倖せな旅路は終わりを迎える。私の足は、みるみるうちに早くなっていく。
遠ざかるのか。遠ざかるのだろう。
心臓が潰れそうなほど、惜別の念が強く胸を締め上げる。ああ、痛い、いたい。
ここまでAを惜しみながら、この五感を撫でゆく風の、なんと清々しいことか。汗が乾き、冷え、澄み渡ることこの上ない。悔いなき旅路を祝福するかのような涼しさが胸の痛みと混じり合い、苦さと甘さを持って迫る。
不意に、薄れゆくAが私に小さく問いかけた。
「この旅路に心残りはあるか?」
「一つだけ。道端に白い花が咲いていた。あれに綺麗だと言えなかったことだ」