私は誰にも必要とされてないから。
「おはよう」
いつものように、母が挨拶をしてきた。
「おはよう....」
いつものように、私も返した。
「お姉ちゃん!みてみて!」
いつものように、妹が駆け寄ってきた。
「秋、先にお姉ちゃんに朝ごはんを食べさせてあげて」
「はーい!」
いつものように、朝ごはんを食べた。
いつものように、学校へ向かった。
いつものように、電車で二十分間揺られ、改札を通る。
「はあ....」
そうやってため息をついて、また歩き出す。
私は、どうして生きてるのだろうか。なんのために生きているのだろうか。
「あ....」
私の目には、いつも使う駅の自販機の広告が映った。私が夢見た、憧れの女優の広告だ。
彼女の名前は「二ノ宮咲」同じ学校の同じ学年の子だ。
いつものように、私はその自販機で缶コーヒーを買った。コーヒーの苦さが、私の眠気をすっ飛ばしてくれるから、いつものように、一瞬で飲み干した。
学校に着いた。
「おはよう。星野」
先生が挨拶をしてきた。
「おはようございます。竹下先生」
教室に着いた。
「おはよう!みのりん!」
「おはよーみのり。調子はどう?」
クラスメイトに挨拶をされた。
「おはよう二人とも、私はいつも通りだよ」
やっぱり目を合わせられない。
やがてホームルームが始まる。また、めんどくさい、意味のない時間の始まりだ。
「数学か....」
準備を終え、机に伏せる。誰とも話したくない。
あと十分、少し寝よう。
音が小さくなる。
「あ、あれ....?」
目を覚ますと、誰もいなく、夕陽が窓から顔を出していた。外から声が聞こえる。
一人悲しく鳴る時計は五時半を指していた。
「全部寝過ごしたんだ....私」
静かだ、とてもとても静かだ。
「私の好きな時間だな....」
家に帰るか....あ、今日は部活だ。
なんでだろう。今朝のことを、殆ど覚えていない。身体が重い、身体が震える。
「風邪でも引いたかな....まあいいや」
気にせず、教室を出た。
誰もいない。本当に誰もいない。いるのはきっと部活だけだ。
部室の扉を開ける。
「先輩。いたんですね....」
「そりゃいるわ。部長だし」
彼は月乃原和人。この「科学研究部」の部長。なぜかいつでも科学室にいる三年の先輩だ。
「今日は何を....」
「今日はな、この二つの発熱反応でお湯を沸かし、カップラーメンを作るのが目的だ」
「アルミニウムに....鉄粉?」
「そう。テルミッド反応ってやつかな?一時的な温度で言うと、三千度に達するらしくて気になってな。だから今はアルミニウム....このアルミホイルを粉末状にしようとしてるとこだ」
「....私も手伝う」
「おう。ありがとうな」
私も手伝い、協力した。
窓から差し込む夕陽が、いかにも青春感を出している。私にも、青春が訪れるのかな....いや、多分こないな....
「先輩。彼女さんとはどうなの?」
二人隣にいるのに何も話さないなんて勿体無い。そう思い、先輩に話を振った。
「いつも通り、絶好調の少し手前。かな?」
「いつも通りでよかったですね....」
いつも通り。その言葉は素晴らしいと思う。何も変わらず、同じまんまなんだから。
「こっちは大丈夫そうだが....そっちはまだ始めたばかりだからもっとかかりそうだな....待ってるよ」
「ありがとう....先輩」
先輩は優しくて、なんの取り柄のない平凡な私にも気を遣ってくれる。私もそんな先輩になりたいな。
でも、もう無理なのかもな....
景色と記憶が飛んだ。あたりはすっかり暗く、目の前には川がある。橋の上、柵の外、その私の居場所から、私が何をしようとしていたのかわかった。
....自殺だ。
後ろを振り向くと、そこには沢山の人々が、私にカメラを向けた。その中のある人は言った。
「やば、飛び降りちゃうんじゃない?」
「ウケる、バズるかもね」
シリアスな笑いを浮かべるギャル系の人たち。
そうか....私は、ただSNSでバズるためだけの、たったそれだけの"道具"に過ぎなかったんだ。
みんなカメラを向けて、小さな笑いを浮かべ、誰も警察に通報したり、誰も助けようとしない。
たった一人を除いて。
「ちょっと待って!!!」
叫び声が、橋中に、街中に、それすら超え、空にも響く。声の正体には見なくても気づいた。私が何度も憧れて憧れて、目に焼き付いたその笑顔。今でも忘れないあの時の笑顔の持ち主。
「二ノ宮咲」だ。
制服を身にまとった彼女の姿は美しかった。思わず振り向いて、見惚れてしまった。美しい彼女は、瞬く間にカメラを浴びた。
「ダメ!そんなことは絶対ダメ!」
「でも....私には希望なんて....」
希望なんてない。あるはずがない。
「それでもダメ!!!」
彼女が叫ぶのを生で見たのは初めてだ。
「二ノ宮さん....私には....本当に....」
「早くこっちにきて....!」
あれ....どうしてだろう....前が霞む。
私、今まで何の為に生きてきたのだろう。誰のための努力だったんだろう....?
ねえ....私は....
ああ....そうだ。思い出した。
私は....私がしたかったことは....
死ぬ。
たったそれだけだ。
「さよなら、二ノ宮さん」
「みのりん....?ねえ?ちょっと待ってよ!!!!」
「ありがとう、さようなら、ごめんなさい....」
「みのり!!!!ねえ!!!ダメ!!!」
彼女が走って手を伸ばす、その手が触れる前に私は重力に身を任せた。
「これで....全てが終わるから....」
その日、「二ノ宮咲」を置き去りに、私は死を選んだ。