第3章57話:精霊
しかし、そのときだった。
どこからともなく声が響いた。
『その件に関してだけど、一つ、私から言っておきたいことがあるわ』
精霊の声だ。
精霊ネア・リースバーグ。
リースバーグ神殿国が信仰する、女の精霊である。
精霊からの突如たるお告げ――――
大司祭とその部下が、祭壇に向かって慌ててひざまずく。
精霊ネアは言った。
『神殿騎士団だけでなく、聖騎士長も連れていきなさい』
「!!」
大司祭が驚愕する。
聖騎士長とは、リースバーグ神殿国が有する最高戦力だ。
勇者に追随する強さを持つ傑物である。
ネアは告げた。
『アンリ・ユーデルハイトは不気味な歪みをまとっているわ』
「不気味な歪み、ですか」
『ええ。とても良くない歪み。この世界の在り方を変えてしまう歪みよ』
ネアは、アンリが転生者であることも、サイコキネシスを有していることも知らない。
しかし、アンリが危険人物であることは直感的に気づいていた。
ゆえに油断をしてはならない。
ここで確実に仕留めるために、最善を尽くすべきだと考える。
『ゆえに、絶対に討伐しなければならない』
とネアは断言する。
だが、大司祭からすれば、精霊の思惑がわからなかった。
アンリは勇者を殺したとはいえ、それは卑怯なだまし討ちによるものと伝えられている。
アンリ本人は、多少は戦えるのかもしれないが、聖騎士長を動員するほどの相手かというと、おそらく違うのではないか。
そう内心では思っていたが……精霊の命令に対して、異を唱えることはなかった。
「承知いたしました。ただちに聖騎士長へ、お告げを伝えて参ります」
と大司祭は告げる。
『ええ。よろしくお願いね』
と精霊は応じた。
大司祭とその部下が祭壇室を去っていく。
誰もいなくなった静寂の中で、ネアは考える。
(アンリ・ユーデルハイト。いったいあなたは何者なの?)
アンリが神殿国に入国してきてから、不気味な、悪い運気ともいえる何かが、国土に浸食していくような感覚を、精霊は覚えていた。
まるで魔王がじわりじわりと瘴気によって、人間界の空気を汚染するかのように――――
アンリは魔王ではないかもしれないが、普通の存在でないことは明らかだ。
(過去の経験から見て、こういう存在を野放しにしてはいけない。もしも神殿国の戦士でアンリを倒せなければ、私がみずから出ることも検討しなければ)
そう考えた精霊は、ひそかにアンリと戦う準備を始めるのだった。




