第5章178話:開戦前のあいさつ
「俺は、武具は使わない」
グラストン国王がそう述べた直後。
彼は服をバッと脱ぎ捨てて、放り投げた。
上半身がむきだしになる。
まさしく戦士の究極形というべき超筋肉。
鍛え上げられた肉体をあらわにしながら、グラストン国王は拳を掲げる。
「俺は素手で戦う。武器など要らん! 真の強者とは、武器が強いのではない。『俺が』強いのだ!!!!」
ほう。
かっこいいじゃないか。
観客たちも、グラストン国王の宣言に盛り上がっている。
(相手が素手なら、こちらもそうしようか)
俺は腰に提げていた剣を手に持ち、横に投げ捨てた。
「俺も武器は使わない。徒手空拳で戦おう」
と俺は宣言する。
観客たちが盛り上がった。
司会の女性が告げる。
「なんと! 両者とも徒手空拳で戦うようです! これは面白い試合になりそうですね!」
さらに司会の女性は言った。
「それでは、ルール確認が済んだので、選手両名より試合前のご挨拶をいただきましょう。まずは国王陛下から―――――」
グラストン国王がうなずく。
彼はさっそく挨拶を始めた。
「まずは、国王決定戦の開催が無事に出来たことを嬉しく思う」
観客が歓声をあげた。
一方、俺はしらじらしいと感じていた。
グラストン国王は、ハイドラ卿とともに、国王決定戦の開催を阻止しようとしていたからな。
『嬉しく思う』などと言っているが、実際は不本意だろう。
「そしてアンリ。お前には賞賛を送りたい。見事、ここまで勝ち上がってきた!」
「……」
「ラクな選手ばかりではなかっただろう。手強い相手もたくさんいただろう。それでも、俺を除く全ての猛者の中で、頂点に躍り出たお前の実力には、敬意を表さなければならない」
国王は一拍置いてから、以下のように結んだ。
「お前のような強者と戦えることが、実に楽しみだ! 勝っても負けても恨みのない、良い試合にしよう!」
観客が歓声をあげ、拍手をする。
国王が挨拶を終了する。
最後まで薄っぺらい挨拶だったな。
グラストンの今の挨拶の中で、本音だった部分は何%ぐらいだろうか?
ほとんどが建前であろう。
「陛下。ご挨拶、ありがとうございました。それでは続きまして、アンリ選手よりご挨拶をいただきましょう」
と司会の女性が、俺に視線を向けてくる。
俺は『拡声の魔石』を持って、宣言した。
「俺は、この国を大きく変える」
と前置きして、演説を開始する。
「強さや武力を主体とする方針は変えるつもりはないが、俺の思い描く国家像は、もっと磐石で、豊かで、安定したものだ。今のベルナダ武人国は、俺の理想とは程遠い」
長々と挨拶をするつもりはなかった。
だから俺は以下のようにまとめた。
「故に観客の諸君は、楽しみにしているといい。この戦いが終わった後に、俺が作る未来の武人国を――――。以上だ」
「ありがとうございました!!」
と司会の女性が言った。
そのときグラストン国王が、俺の演説にツッコミを入れてきた。
「自分が国王になった後のことばかりを語ったな。俺個人に対する挨拶は無いのか?」
グラストン個人に対する挨拶?
その問いに、俺は答えた。
「これから死ぬやつに、挨拶など要らんだろう?」
「……」
グラストン国王が、顔をしかめる。
しかし観客たちは「ワァー!」と歓声を上げていた。
ベルナダ武人国の一般市民は、強気なセリフが大好きだ。
「いいぞー!」
「やっちまえー!」
「国王なんかぶっ殺せ!!」
「応援するわよ、アンリ!」
「お前の勝利を見に来たからな! 勝てよ絶対!」
「アンリ! アンリ! アンリ! アンリ! アンリ!」
不敬罪で処刑されてもおかしくないような応援をする観客たち。
まあ、こういう国民性なんだよな。
俺は嫌いではないが。