第5章176話:戦意
アンリが裁判を終わらせた?
それとも別の方法で切り抜けてきた?
わからない。
グラストンは、ただただ困惑する。
一つだけ確実なことは、アンリが間に合ってしまったということだ。
そのときアンリが宣言する。
「ああ、ちなみに、裁判はきっちり終わらせてきた」
「!?」
「この通り、無罪判決の証明書もある。審判、確認してくれ」
とアンリが告げた。
審判の女性がアンリに近づき、アンリが差し出した書類を確認する。
そして審判の女性は宣言した。
「た、たしかに、無罪の証明書のようですね」
「ああ。危うく俺は殺人犯に仕立て上げられるところだった。しかしこの書類の通り、判決は無罪だ。容疑は完全に晴れた」
アンリが堂々と無罪であることを、会場中に宣言する。
無罪判決の書類があるのだから、アンリが殺人犯である可能性はゼロとなった。
そのことが会場の観客たちに伝わっていく。
(無罪判決……だと? 有り得ない。裁判官どもはハイドラ卿がカネで買収したはずだ)
グラストンは混迷を深めていた。
ハイドラ卿の買収が失敗していた?
いや、有り得ない。
ハイドラ卿が、そういう面で失態をおかすことはない。
買収は完璧だったはずだ。
ならばどうやってアンリは、裁判官から無罪判決をもぎとったのだ?
さっぱりわからない。
(しかも2時間以内で裁判を終わらせたのならば、精霊からの罰もあるはずだ。それもない、だと……?)
――――もちろん、精霊の罰はあった。
ただアンリがセラフィナの天罰を、力づくで防いだため、実質的に罰にならなかっただけだ。
もちろんそんなことを、グラストンは知る由もない。
「というわけで、俺は堂々と国王決定戦に臨めるわけだ。――――不戦敗になってやれなくて、残念だったな? 国王陛下?」
とアンリは挑発的な笑みを浮かべて、言ってきた。
グラストン国王は混乱から覚めやらぬ思いのまま、答える。
「い、いや……残念なわけが、ないだろう! 俺も不戦勝などというつまらない結果に終わらず、むしろ安堵したほどだ!」
グラストンは、なんとか平静を装う。
しかし……そうか。
アンリは大会に間に合った。
アンリは無罪判決を勝ち取った。
どうやったのかは知らないが、とにかく、国王決定戦に堂々と参加できる状態なのだ。
ならば……
(戦うしかないな)
戦う意思を固める。
しかし、グラストンは不安や恐怖を抱えていなかった。
そもそも別にアンリを恐れていたわけではない。
不戦勝で終わればラクだからそうしようと思っただけで、本当は、アンリと戦うことになっても構わないのだ。
(望みどおりの展開にならなかったのは確かに不服。だが、それはそれ。いざ戦うことが決まったのなら、俺は策士から戦士へ戻ろう)
グラストンは戦意を高める。
精神を統一する。
集中力を研ぎ澄ます。