第5章175話:別視点2
「おい、審判」
とグラストンは呼びかけた。
「は、はい」
審判の女性はグラストンに近づく。
「拡声の魔石を貸せ」
「え?」
「会場に伝えなければならない事項がある」
「わ、わかりました」
国王の命令ならばと、審判の女性は『拡声の魔石』を渡す。
グラストンは『拡声の魔石』を受け取る。
拡声の魔石は、声のボリュームを拡大してくれる石だ。
グラストンはその石で声量を拡大しながら。
「会場に集まった観客の諸君! 諸君に伝えなければならないことがある!」
と、まずは前置きをした。
そして宣言する。
「実は、アンリは試合に来ない。来ることができない」
グラストンの言葉に、観客たちが困惑した。
アンリが来ない……?
どよめきが広がる中、グラストンは続ける。
「先日、この王都にて殺人事件が発生した。悲しく痛ましい事件だ。――――その事件の犯人が、なんとアンリであると判明した」
さらにどよめきが強まった。
「現在、アンリは裁判所で、審議をおこなっている。おそらくアンリは有罪になるだろう。ゆえに――――アンリはこの闘技場には来ることができない」
グラストンの宣言に、会場の観客たちが口々に言いあう。
「アンリが殺人犯?」
「マジで?」
「嘘じゃないのか?」
「で、でも、国王がおっしゃっていることよ? 嘘なんてこと、ある?」
「じゃあ、ほんとにアンリは来られないのか?」
「えー!? そんなのアリかよー!」
「せっかく楽しみにしてたのに!」
観客たちが失望と落胆の声を漏らす。
唯一、落胆せず、腹の底で笑っていたのはグラストンだけだ。
グラストンは告げる。
「一応、開始時刻まではアンリの到来を待つつもりだ。しかし、もし時間通りに来なければ、アンリの不戦敗ということで終了――――――」
「その必要はない」
と、国王の言葉をさえぎるように声が響いた。
拡声の魔石によって拡大された声である。
静かな足音がやってくる。
会場に現れたのは――――
アンリであった。
「なっ!?」
グラストンが目を見開く。
「この通り、俺は刻限に間に合った。ゆえに俺の不戦敗はない」
アンリが『拡声の魔石』によって、そう宣言する。
次の瞬間。
会場が大歓声が巻き起こった。
「「「「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」」」」
地鳴りのような歓声だ。
アンリが来た。
ならば大会は終わらない。
国家最大のイベントである、国王決定戦が無事に開催される。
そう思った観客たちが、喝采と歓喜を爆発させたのだ。
ただ一人……グラストンだけが、困惑していた。
(バカな……!? なぜアンリが間に合った!? ハイドラ卿のもとで裁判をおこなっているはずなのに!!?)
とグラストンが冷や汗を浮かべる。