第5章163話:裁判
俺は告げた。
「裁判が始まってみないとわからないだろう」
「くくく。果たして、そうだろうか」
とハイドラ卿と笑ってから、言った。
「まあ、無罪になるようにせいぜい頑張りたまえ。私は裁判の見届け人として参加させてもらう。では、また後でな」
ハイドラ卿が去っていく。
俺はふたたび歩き出した。
裁判がおこなわれる部屋――――法廷へとやってきた。
ずらりと並ぶ傍聴席には、誰もいない。
見下ろすように裁判官が7人、座席に着いている。
男性裁判官が3人。
女性裁判官が3人。
男性の裁判長が1人。
そして俺は被告人として、証言台に立たされた。
そのまま、しばし待たされる。
やがて検察官が立つはずの場所に、ハイドラ卿がやってきた。
ハイドラ卿の背後には、2人の男女の騎士が、護衛として控えている。
俺が暴れだしたときに取り押さえるためだろう……その騎士2人は、相当な手練れであると一目でわかった。
「……」
ハイドラ卿がせせら笑うような目で、俺を見下ろしてくる。
そしていよいよ裁判が始まる。
真ん中に座る裁判官――――裁判長が宣言した。
「それでは、これより裁判を開始する。被告人はアンリ。また見届け人として、ハイドラ様にお越しいただいている。今回の裁判の結果は、ハイドラ様の名を以って、正しい沙汰であったと判定される」
その開始宣言を聞きながら、俺は思った。
(傍聴人はおらず、俺以外にいるのは裁判官とハイドラ卿のみか)
ある意味、密室だ。
裁判官が全て、ハイドラ卿に買収されているのだとしたら……
どんなメチャクチャな裁判がおこなわれても、表沙汰になることはない。
「王都で起こった連続殺人事件。その犯人がアンリであることが疑われている。本日の裁判では、その件について審議をおこなう」
ただの殺人事件ではなく、連続殺人事件か。
これが有罪になったら確実に死刑だな。
実際、死刑にするつもりなのだろうが……。
(そもそも裁判の前に、取調べをするのが筋だろうに)
と俺は思う。
「その前に宣言しておこう」
とハイドラ卿が告げた。
「ベルナダ武人国における裁判は、必ず、2時間おこなわれる。『裁判時間は、最低でも2時間以上とすべし』……という掟が、精霊によって定められているからだ。ゆえに2時間を経過しないうちに裁判を取りやめることは、決して認められない」
……ふむ。
なるほど。
精霊の決めたルールか。
つまり今から2時間以内に、裁判を終了することは絶対に不可能だということだろう。
もし破ったら、精霊からどんな罰が下されるかわからないからだ。
(まあ、俺には関係のないルールだがな)
と内心ほくそ笑む。
俺は精霊の脅威に屈することはない。
もしも精霊が俺の邪魔をするというなら、神殿国の精霊ネアのように叩き潰すだけだ。
「私からは以上である」
とハイドラ卿が告げた。
裁判が開始される。
「ではアンリ被告。単刀直入に問いたい。君は犯人かね?」
と裁判長が尋ねてきた。
茶番のような裁判であるが、俺は真面目に答えておくことにした。
「犯人ではない。殺人など身に覚えのないことだ」
「嘘よ!」
と女性裁判官の一人が否定してきた。
「アンリが殺人犯に決まってるわ! 平然と人を殺しそうな顔してるじゃない!」
失礼な……
と言いたいところだが、平然と人を殺してきたのは事実だ。
今回の連続殺人事件とやらの殺人犯ではないというだけだ。
すると別の男性裁判官が、女性裁判官の主張に同意した。
「自分も彼が殺人犯だと思う。もう有罪でいいんじゃないですか?」
そんなテキトーな感じで殺人犯にされても困る。
と、そのとき男性裁判官が、ちらっとハイドラ卿に視線を向けた。
まるで媚びるような、点数稼ぎをするような、卑しい目である。