第5章158話:別視点
<国王視点>
翌日。
朝。
ベルナダ武人国――――王城。
執務室にて。
夕暮れの暗闇がなずむ中、二人の男が語り合っていた。
一人は国王。
一人はハイドラ卿である。
「ヴェイスとレナが帰ってきておりません」
しわがれた声で、そう報告したのはハイドラ卿であった。
身長175センチ。
白髪。
青い瞳。
法衣を身につけた貴族の老人である。
そしてハイドラ卿こそヴェイスとレナの雇い主だ。
「そうか。アンリのほうはどうだ?」
と尋ねたのは国王グラストン。
身長182センチ。
ライオンのごときたてがみのような赤髪。
赤くぎらついた瞳。
筋骨隆々《きんこつりゅうりゅう》の身体つきをしている。
服は高貴であるが、上衣が身体にぴったりとフィットした戦士服でもある。
「アンリについては、存命のようです」
とハイドラ卿が答えた。
グラストンがあごをさすりながら告げる。
「ふむ。つまり、アンリの暗殺は失敗したと見るべきか」
ヴェイスとレナが帰ってきていない。行方知らず。
しかしアンリのほうは生き残っている。
それはつまり、ヴェイスとレナが、アンリに返り討ちに遭って死んだと推察できる。
ゆえにアンリの暗殺は失敗に終わったということだ。
――――もちろんこれは、グラストンとハイドラ卿の勘違いである。
ヴェイスとレナはアンリに寝返っている。
だからグラストンたちのもとに戻らないのだ。
そのことに、グラストンもハイドラ卿も気づいていないのだった。
ハイドラ卿は以下のように提案する。
「第二の計画を始動すべきかと思います」
「そうだな」
グラストンは肯定した。
第二の計画とは、アンリを嵌めて、出場停止に追い込むことだ。
国王決定戦に出場させないための方法は、何も暗殺だけではない。
要は出場できないようにすればよい。
そのためのアイディアはいくらでもある。
(本当は総合闘技大会そのものを廃止にしてしまいたいんだがな)
とグラストンは思った。
総合闘技大会なんてものがあるから、王権が打倒されるリスクを負ってしまうのだ。
できれば廃止してしまいたい。
しかし……廃止はできない。
なぜなら総合闘技大会という仕組みが、ベルナダの精霊によって定められているからだ。
『総合闘技大会を開催し、その結果によって国王を決めるべし』というのは、現在の精霊が決めたルールであり、グラストンといえども否定することはできない。
(幸いなことに、国王決定戦を不戦勝で終わらせても精霊はお怒りにならない)
精霊がこだわっているのは『総合闘技大会の開催』と『国王の決定』だけだ。
そこさえ守っていれば、卑怯な手を使おうが不戦勝で終わろうが、精霊から文句は言われない。
(国王決定戦までに策を弄し、俺の不戦勝で大会を終わらせる。今回の大会だけではない、次も、その次も、同じ手口で対抗馬を脱落させる。それが"俺たち"の安定した未来につながるのだ)
グラストンは戦士だ。
脳筋だとか野獣だとか認識されるほど、パワーに偏重した戦い方を好む。
しかし必ずしも正々堂々たる戦いにはこだわっていない。
グラストンは戦士ではあるが、戦士としてのプライドはなく。
卑怯なやり方でも、勝利すれば正義と考えているのだった。
さらにグラストンは、国王として得られる富や、ぜいたくな生活を愛していた。
その地位を守るためならば、いくらでも卑怯になることができた。
「さっそく、次の計画の実行に取り掛かれ」
「はっ」
とハイドラ卿は肯定の返事をした。
そしてアンリを陥れるための、次なる計画が開始されるのだった。