第5章152話:猫
「俺はヴィシーをさらったヤツらの顔を拝みに来ただけだ」
「ヴィシーとはこの猫の名前か」
「そうだ。俺の猫に手を出すとは、よほどの覚悟があってのことだろうな」
と言いつつ、俺は不敵な笑みを浮かべながら告げた。
「お前たちは、八つ裂きにする。これは決定事項だ」
そして戦意を高める。
サイコキネシスを練り上げ、念力格闘術の準備を済ませる。
するとフードの女が言ってきた。
「自分の立場がわかってるの?」
「ん?」
「なぜ、私たちがこの猫――――ヴィシーを誘拐したと思う?」
この二人がヴィシーを誘拐した理由。
それは一つしかないだろう。
「人質ということか?」
「そう、人質よ。大会優勝者であるあなたと正面切って戦うのは、さすがにリスクがあるもの。だからヴィシーを誘拐し、人質とすることにしたのよ」
戦士の国でおこなわれる頂上決戦が、総合闘技大会。
俺はその大会の優勝者だ。
さすがに俺のことを弱い戦士だとは、フードの二人も思っていないわけだ。
十分に警戒したうえで、ヴィシーという人質を確保したということだろう。
(まあ、猫に人質となるだけの価値があるかどうかは、疑問の余地があるがな)
実際に自分のペットや従魔を殺されたらショックだろうから、無意味とまでは言えないが……
王を目指す人間ならば、容赦なく切り捨てる者もいるだろう。
詰めが甘いと言わざるを得ない。
「猫を返して欲しければ、力づくで取り返してみるといいわ。ただし一歩でも動けば、この猫を殺すけどね?」
とフードの女が脅してきた。
その脅しに、俺は屈するでもなく、ただ告げた。
「やれ」
「え?」
「その猫を殺すというなら、ぜひ殺してみるといい。俺はお前たちの猫殺しを止めないし、最後まで傍観していると約束する。さあ、やってみろ!」
フードの二人が困惑を示す。
ヴィシーが人質に取られたことで、俺が多少なりとも動じると思っていたのだろう。
だが、動じるわけがない。
なぜならヴィシーが人質になるわけがないからだ。
むしろ命を握られているのは、フードの二人のほうである。
こいつらは気づいていないが……
ヴィシーがその気になれば、まばたきをするあいだに二人とも殺すことができる。
「どうした? ヴィシーを殺せ! 猫一匹殺せないようならば、俺を殺すことなど不可能だぞ!? さあ、早くやれ!!!」
と、もはや俺は命令口調で言った。
「何をしている!! モタモタするな。早くその猫を殺せ!!!」
「なっ、いや……どういう立場からモノを言っているんだ? お前の猫だろうが!? なぜお前が殺すことを催促する!?」
「黙れ。さっさとやるんだ! 俺はお前たちが、ヴィシーを殺すさまを見てみたい!!」
フードの二人が困惑しながら、互いに顔を見合わせている。
この茶番に対して。
「ニャー」
とヴィシーはのんきに鳴いていた。