第5章142話:決勝戦
翌日。
昼。
13時。
いよいよ総合闘技大会、決勝当日。
俺は選手入場口の鉄格子の前に立っていた。
昨日と同じく、使う武器はショートソードである。
『さあ、いよいよ決勝戦の開幕です!』
「「「「いぇええええええええああああああああああああああああああっ!!!」」」」
宣言する女司会者。
盛り上がる観客たち。
闘技場の熱気は、昨日以上に強まっている。
この日の戦いを制した者が、国王への挑戦権を得られる。
重要な試合であり、観客の興味も高い。
『では、アンリ選手・クレミュア選手……入場してください!』
女司会者の宣言により、鉄格子の幕が上がる。
俺は闘技場のグラウンドへと足を踏み入れる。
円形闘技場の中央に向かって歩いていく。
反対側からは、相手選手が入場してきていた。
名前はクレミュアといったか。
女である。
身長は165センチぐらい。
髪は茶髪で、ツインテールにくくっている。
瞳の色は黄色。
軽装である。
黒いインナーのうえに、胸当てと腰当ての装備を身につけている。
肩と腕を露出していた。
小さな双剣を持っている。
どことなく暗殺者や、忍者のような雰囲気を感じる。
俺たちは20メートル離れた位置で立ち止まる。
『それでは準決勝のとき同様に、選手両名によるあいさつを頂きたいと思います!』
そう女司会者が言った。
俺に近づいてくる。
拡声の魔石を渡してきた。
俺は昨日と同じようにあいさつをおこなった。
観客たちが盛り上がる。
あいさつが終わると、拡声の魔石を返す。
続いて女司会者は、クレミュアに拡声の魔石を渡した。
『クレミュア選手。一言あいさつをどうぞ!』
クレミュアは拡声の魔石を受け取った。
そうして告げる。
「決勝まで来られたことは、喜ばしく思うわ。でも、それは当然のことよ。あたしが敗北することなんて、天地がひっくり返っても有り得ないんだから」
クレミュアは自信満々げに続ける。
「私は敗北を知らない。無敗こそが私の矜持。だからこそ私と戦わなければならない相手選手を、可哀想に思う」
さらにクレミュアが俺を向いて言葉を投げかけてきた。
「私が戦う相手の名は、アンリといったかしら。せいぜい私との戦いで、トラウマにならないことを祈っているわ。アンリ君」
クレミュアと俺の視線が交差した。
そして。
「では、あとは剣で語り合いましょう。以上よ」
とクレミュアが結んだ。
『ありがとうございました!』
と女司会者が言う。
クレミュアが拡声を魔石を返却する。
(トラウマにならないことを祈っている……か)
クレミュアのセリフを、俺は反芻する。
(クレミュアは相当な自信家のようだな。その自信に満ちた顔が、絶望に歪むのが愉しみだ)
と俺はひそかにほくそ笑むのだった。
<観客視点>
観客たちは盛り上がっていた。
その中で、勝負のゆくえを予想する声があった。
彼らはアンリとクレミュア、どちらが勝つかを語り合う。
「どっちが勝つと思う?」
「そりゃ、クレミュアのほうじゃねえか?」
「昨日の試合を見てれば、そう思うわよね」
「アンリのほうはデケー女をぶっ倒してたけど、あくまで普通に剣術やってただけだからなぁ」
「俺はアンリを応援するぜ。アンリの演説が一番良かった」
「あたしもアンリの演説は好きだけど、実力はどう考えてもクレミュアでしょ」
「クレミュアは国王にも勝てそうだもんな」
「どっちが勝ってもいいけど、早く始まってほしいぜ!」
現状、クレミュアが圧倒的に有利だというのが、共通する認識であった。
観客からすれば、準決勝でのアンリは普通にショートソードで戦っていただけ。
その剣術は高い領域にあるのかもしれないが、クレミュアの飛びぬけた才能には叶わない―――――
誰もが、そう思っていた。
ただ一人……いや『一匹』を除いて。
(ニャニャ。みんなアンリの恐ろしさを知らないニャ)
猫魔神ヴィシー。
アンリの実力を知っているヴィシーだけは、観客たちの認識とは異なる予想をしていた。
(アンリは全力の5%も発揮してないニャ。まあ全力を出していないんじゃなくて、出せないだけだと思うがニャ)
アンリが本気で戦おうとするには、あまりにも相手が弱すぎる。
しかしそれゆえに、ヴィシーはアンリの敗北など有り得ないと確信していた。
(それにしても……)
ヴィシーは思った。
(クレミュアの演説は面白かったニャ! アンリの女版みたいな選手だニャー!!)
ゲタゲタ笑いながら、ヴィシーは決勝戦の開幕を待つのだった。