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戦士の受難  作者: とんぼ。
第2章 日常編
8/83

「教育」

「おはようございますセイジ!今日は私と勉強ですよ!」

 朝、開口一番ハクエは言う。彼女が言った通り、今日一日は勉強に費やしてパワーアップを目指す。



――――――――――――――――――――――――――

 前回と同じく図書館へ向かって参考書を元に勉強する。決して順調とは言い難いが学びを得ている、そんな気がしていた。


 「今回はモンスター別の戦い方を見ておきましょう。」

 「モンスター別…直近ではスライムとゴーレムには勝てたな。」

 「スライムはともかく、ゴーレムは1人で倒せるようにしましょうね。」


 確かに以前、石ゴーレムと戦った時はほとんど仲間の力であった。自分はトドメとして関節を狙った攻撃をしたのみ。

 しかし、あの石ゴーレムをひとりでに倒すとなると問題が生じる。


 「石ゴーレムは関節が狙い目なのは分かったが、あれ程大きいと狙いにくいんじゃないか?」

 「そうですね。クロのような魔法が使えたら良いのですが、難しいですし。何か方法は思いつきますか?」


 「うーむ。いっそのことゴーレムの体をよじ登って攻撃する、とかか?」

 「良い考えですが危険ですね。安全性を保証するためなら、地形の利用が必須でしょう。」


 ハクエは馬鹿でも分かる!と題された参考書の他に、地図を持ち出す。

 広げられた地図にあるのは以前、石ゴーレムと戦った岩場である。


 「この地域は石ゴーレムが亡くなった後、そのままになり、結果として積み上がった石が多くあります。」


 そう言って指したのは標高がそこそこある山であった。言い方からして、この山もまた石ゴーレムによって形成されたものだろう。


 「それでは積み上がった石によじ登って、石ゴーレムへ飛びかかればいいんだな?」

 「はい。とは言っても、実戦の練習は必要ですね。」

 「ふむ。」 


 彼女の言葉を紙にまとめる。自作の図を添えて。これで後から見直すことができる。

 

 こんな調子で勉強をしていたが、しばらく経つとハクエがある提案をする。


 「そろそろ疲れたでしょうし、息抜きにでも行きましょう。」

 「息抜き…?こんなに早く良いのか?」

 「勉強においてモチベーションは何よりも優先すべきものの1つですよ。」


 そう言った彼女はテキパキ参考書を片付けて外に出る用意を終えていた。

 セイジも急いで机の上の物をしまい、ハクエについて行った。


――――――――――――――――――――――――――

 2人が行った先は町中である。行き交う人々の合間を縫って、道なりを進む。

 「あ!これ可愛いですね。」

 「そうだな。」


 立ち止まったハクエが見ていたのは地域限定!と称された木製の人形である。

 「買ってきますね!弟達に贈りたいので。」

 「あぁ。」


 人形を持って売り場の更に奥へと進むハクエを見送る。

 いつもしっかりしている彼女は、姉として家族の話をする時でも変わらない。


 家族仲が良好なハクエを羨ましくも微笑ましいと思いつつ、他の商品を見る。


 「げっ。」

 「げ?」


 随分不躾な声が聞こえた気がしたので、元を辿るため周囲を見渡す。

 すると、視界には猫耳を付けた女が入って来た。


 猫耳女が居るということは、ご主人様と呼ばれるあの男も近くに居るのだろうか。

 そう思う間も無く、件の男の声が聞こえた。


 「誰かと思ったら、この間突っかかってきた奴じゃん。」

 「………ご主人様、この人は放っておきましょうにゃ。」

 「そういえば、話の通じないあの女は居ないの?まぁ、居たところで話にならないんだけどさ。」


 猫耳女の静止を振り払って、男は会話というより一方的な壁打ちを続ける。


 「会話が出来ないのってさ、互いに知能の差がある時に起きるらしいよ。つまり、俺とあの女じゃあ会話出来ないのも仕方ないよね。」

 「その理論なら、貴方の知能が低すぎる可能性もありますよ?」


 買い物から帰ったハクエが開口一番、喧嘩をかうように言葉を返す。

 木製の人形を抱きかかえた彼女はじっと、男を見る。


 それが癇に障ったらしい男は不愉快といった感じに顔を歪める。

 「はっ!どこをどう見たら、そんな結論になるわけ?お前もこいつと一緒に教育しようか?」


 こいつ、と言い親指を向けた先にいたのは猫耳女。

 彼女が教育と称されて男に頬をぶたれていたのを思い出す。


 考えは同じらしく、そのことについてハクエも言及する。

 「以前も言いましたが、貴方の行為は教育でも何でもありません。」

 「へぇ?それじゃあ、どういうのが教育ってやつなの?」


 「教育とは導くものです。強制するものではありません。暴力など、以ての外なのです。」

 「以ての外ねぇ。効果があるんならそれ以外はいらないでしょ。」

 「効果?貴方の高圧的な教育などそうそう結果に結びつくわけありません。」


 互いに持論を譲らない。見えぬ火花が交わす視線の間を駆け巡るような錯覚を覚える。

 正直なところセイジ自身にとって教育方法がどうなんてことは、全くもってよく分からない。


 だがハクエが聡明であることは知っているので、恐らく理論的なことを言っているのだろう。

 「そうだそうだ。ハクエの言う通りだ。」

 なので取り敢えず頷いておく。

 「絶対テキトーに頷いてるにゃ…」


 「お前はついていけているのか?この話のスピードに。」

 「…………。教育については、みーの管轄外だにゃ…。」

 「俺もそうだ。」


 話に置いて行かれ気味な2人は放ったまま、ハクエと男の討論はヒートアップしていく。


 「はっ!結果がどうとか見てもいない奴がよく言うよ。第一、そっちの言う教育方法も結果が確実に出るとは思えないけど。」

 「…そうですか。なら試してみましょうか?どちらの教育方法が適しているのか。」


 ハクエの瞳が好戦的にやや光る。彼女の意図を汲み取れたのか、男も呼応するように話を続ける。

 「その挑戦、受けてあげるよ。お互い、都合も丁度いいからね。」

 「えぇ。私はセイジに、貴方はそこの女性に勉強を教えましょう。そして一週間後交互にミニテストを行い、点数を競うというのはどうですか。」


 「それで構わないよ。見たところ、こいつとそこのぼんくらの頭は同じくらいの出来だろうし。」

 「そうですね。」


 「みーはこの人と同じにゃんですか!?」

 「自分で言うのも難だが、俺と同じぐらいはまずいぞ…。」

 「そんなこと堂々と言わないでほしいにゃ!」


 突如として巻き込まれた外野2人。小さな子供が虫同士を戦わせるように、セイジと猫耳女は競わされることに。


 「では、一週間後この街の図書館でお会いしましょう。問題の内容はセイジもそこの方も学習したことのないものにしましょう。」

 「古学の基礎はどう?俺は育成学校でやってたけど。」


 「私も学びました。古学の文明構築期の辺りをテスト範囲としますが良いですね。」

 「良いよそれで。それじゃ、教育バトルといこうか。」

 「このバトル負けるつもりはありませんよ。」


 

 闘志を燃やす2人とは裏腹にセイジと猫耳女は困惑を孕んだ静かな胸中で立っていた。

 「教育とバトルは並べて使う単語ではないと思うんだが…」

 「同意ですにゃ…」


 今さら2人が口出しをしても止まりそうにない、ハクエと男。

 早速それぞれの教育とやらを証明する為に背を向けて、この場を離れるのだった。


―――――――――――――――――――――――――― 

 セイジとハクエは息抜きを終えて、ある場所目指して歩いていた。

 「史学は習ったが、古学とはどういったものなんだ?」

 「史学はここの歴史について学びますが、古学は地球の歴史について学ぶんです。」


 やや前をゆっくり歩くハクエは説明を続ける。

 「今回の範囲は文明構築期といって、地球の文明が生まれるまでとその過渡期になります。地球は私達の住む地より古いですからね。」

 「ふむ。何だか、既に頭が痛くなってきたな。」



 自身の生まれ育った場所についてすら、まともに知識があるか不明瞭なのだ。

 まして、他の星の事となると自信なんてものは全くもってあるはずも無い。


 そんな感情が顔に映し出されたのを見たハクエ。感じた不安を拭うように優しい声音を出す。


 「そう身構えることはありません。学ぶといっても第一歩は楽しむこと、興味を持つことですから。」



 目的地についたのか、彼女は立ち止まって此方に体を向ける。

 セイジの目の前には大きな施設が佇んでいた。


 ハクエはそこへ手を広げて紹介する。

 「ということで!ここ、地球文化センターで楽しみましょう!」


―――――――――――――――――――――――――


 地球文化センターと名前を聞いた時は、姿勢を垂直にした人間がお硬い言葉を口にして、知性のみを良しとするような空間だと想像した。

 それ程までに文化センターと言う文字は、セイジにとっては賢そうというイメージが付随しているのだ。


 しかし実際に入ってみると、相手が老若男女であれ歓迎してくれる空間であることが分かった。

 

 「ここは体験型の文化施設なんです。子供であっても体を動かして、知見も深められる素敵な場所ですよ。」

 「それはいいな。」

 「ふふっ。ではどんどん行きますよ!」

 

 片手を振り上げたハクエは先行して、目に映る物を紹介していった。

 「これは?」

 「これは原人体験ツアーです!地球にいた原人の生活を実体験出来るんですよ!」

 「面白そうだ。行ってみよう。」


 紹介された原人体験ツアーは区切られた部屋で行うらしく、受付をしている小さなデスクで手続きをした。

 

――――――――――――――――――――――――――

 「は、はぁ、はぁ。一体何なんだあの時代は!」

 「お疲れ様でした。やはりセイジにはキツイものですよね。」

 「キツイと感じるのは俺に限らないと思うぞ…」


 原人体験ツアーは無事に終えたが、疲労がどっと襲ってきた。

 何せツアー中はずっと狩りをしていたのだ。魔法も無しで、心もとない武器と共に。


 狩りは怖いし、空気は冷たい。

 あれ程、普段使いしている火や道具のありがたみを感じられる経験はない。


 「くっ、ずっと戦わなかったお前にはこの苦労は分かるまい…」

 「そう言われても、あの時代の女性にとって狩りは仕事ではありませんし。」


 「だから俺は女だと主張したのに、あいつらは耳も貸さなかった…!」

 「原人に性自認の概念を求めないで下さい…」


 散々な体験ツアーを終えて、次のレクリエーションへ挑む2人。

 ツアー1つでもかなり時間を食ったのか、施設内全てを堪能するとまではいかなかった。


 こんな調子でおおよそ2,3日、地球文化センターをたっぷり楽しんだのだった。


――――――――――――――――――――――――――

 「なぁハクエ。ここは楽しい場所だったが、こんなことをしていて大丈夫なのか?」

 「えぇ。前も言いましたが、勉強に大切なのはモチベーションです。そのために、関心や興味を持ってほしいんです。」


 確かに彼女の言う通り、ここ数日はとても楽しかった上に遊ぶ度、知りたいことが増えていく。


 改めて、昔の人間はよくあの環境下で生きていたものだと感慨深くもなっている。


 「お前は教育に対して随分熱心だな。理由でもあるのか?」

 「はい。実は夢なんです。教師になるのが。」


 「教師か…ならどうして今はギルドに所属しているんだ?」

 「せっかく魔導科を卒業したので。私、初めから教師を志した訳ではないんです。途中で教育科のある学校に転校しようとも思ったんですが。」


 言葉を区切って、少し言いにくげに一呼吸おく。

 「両親が、離婚してしまって。弟達の為にも今さら学校を変えるなんて出来ませんでした。」

 「だが、夢を諦めてはないんだろう?」


 「勿論です。ギルドでお金を集めて、貯金が出来たら改めて教師を目指します。」


 そう言い切る彼女の瞳は強く輝いていた。

 家族のことも、夢も、全て諦めはしないと。全て手にすると、意気込むハクエ。


 そんな彼女を応援しつつ、目下の教育バトルとやらの為に勉強を進めることにした。


 地球文化センターに別れを告げて、2人は本格的な座学に尽力すべく、図書館へと向かうのであった。


―――――――――――――――――――――――――― 

 セイジらが地球文化センターで和気藹々としていた同時刻、猫耳女と男は机に座って知識を詰め込んでいた。

 「………次、また同じところを間違えたら鞭打ち3回ね。」

 「は、はいですにゃ。」


 猫耳女の体には既に鞭が振るわれた形跡があった。

 男にとって教育は痛みだ。痛みを覚えさせれば、人間は言うことを聞くし、必死になる。


 これは男の経験談だ。だから間違えようのない真実である。

 何も知らない女如きに否定させる訳にはいかない。


 痛みを知って、他人へ鞭を振るう男は負けられない勝負のために猫耳女に対して厳しすぎる教育をしたのだった。



―――――――――――――――――――――――――― 

 遂に教育バトル当日になった。直前ということであたふたするセイジ。

 対してハクエは落ち着き払っていた。


 「セイジ、直前には慌てて新しい知識を詰め込むのではなく、復習をしっかり行うんですよ。」

 「りょ、了解した。」


 支度を終えて約束した図書館へと向かう2人。

 そこには既に猫耳女と男が到着していた。


 「やっと来た。それじゃ談話室は2部屋、貸し切りにしたから早く行くよ。」


 男は先行する。セイジは男に、猫耳女はハクエについていく。

 その先でミニテストを受けるのだ。


 「はじめるから、そこに座って。」

 「あぁ。」


 男に促されて、談話室内の一席に座る。

 いよいよミニテストの始まりだ。


――――――――――――――――――――――――――

 「では採点結果を発表します。私が採点した結果、彼女は55点となりました。」

 「やったー!!やりましたにゃー!!自己記録更新ですにゃー!!」

 

 紙から顔を上げてハクエは言った。

 セイジが超えるべき点数は55点。正直なところ、半分超えていれば良いななんて考えていた彼にとっては冷や汗が止まらない展開だ。


 猫耳女はというと、勝利を確信したのか元気に飛び跳ねている。

 だが、猫耳女の主人はそれ程気力がないように見えた。


 「…………。次は俺だね。…………。そこのぼんくらの点数は…………」

 「ご主人?どうして言い淀んでるんですにゃ?みーの勝ちにゃんですから早く言って下さいにゃ!」

 

 「………。」

 「もう!ご主人様、焦らすのはいけないですにゃ!」


 ノリノリな猫耳女は待ちきれなかったらしく、男が持つ答案用紙を取る。

 期待と共に目にしたものは、

 「58点!?みーの負け!?」

 「ふっ。これが俺達の力だ。」

 「たった3点差のくせに偉そうな奴だにゃ!!」


 そう。たった3点差だが勝利したのだ。勝ちは勝ちだ。

 「………本当は75は固いと思っていたんですが…」

 「俺もそのぐらい取れるとは思ってたんだけどね…」


 騒ぐセイジと猫耳女とは別に、彼らに勉強を教えた2人は予想とは少し外れた結果に言葉を漏らしていた。


 

 「まぁ、私達の勝ちは勝ちですね。」

 「…………それはそうだね。でも、」


 でも、と言葉を区切った男はビシッとハクエらに人差し指を向ける。


 「これで終わりだと思うなよ!今日は調子が悪かったんだから!」

 「そうだにゃ!そうだにゃ!今日のご主人様はきっと寝不足だったんだにゃ!」


 「テストを受けたのはお前だぞ…?」

 何故か自身の主人へと原因を被せた猫耳女に対して、セイジは突っ込まずにはいられなかった。


 「覚えてろ!」

 捨て台詞を吐き捨てて、男と猫耳女は去っていったのだった。


 何はともあれ男と猫耳女に勝利したハクエとセイジ。

 彼らの勉強漬けな一週間はこうして幕を閉じるのであった。


 

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