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戦士の受難  作者: とんぼ。
第1章 立志編
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「叱責」

「おうし!今日は俺がお前をみっちりしごく!覚悟しろ!もやし!」

 朝から大きな声を出すのは剣士、ケイヤだ。

 「…俺はもやしではない。そうだな。例えるなら蛇のように、」

 「ゴタゴタ言ってんじゃねぇ!行くぞもやし!」

 「は、話を聞け!」



 声の大きさこそコミュニケーションの要だと考えるケイヤには、セイジが叶うはずもなく。

 勢いに押されてもやし戦士セイジはケイヤに引き摺られていった。











 連れて行かれた先は、先日も連れて行かれた平野だった。あまりの代わり映えない景色に早くも飽きたセイジは言ってしまった。

 「平野などでなくもっと華やかな所にでも…」

 

 呟きはばっちりケイヤの耳に入っていたらしい。

 赤く棘々した髪を近づけながら、彼は言う。意地の悪い笑みを浮かべて。

 「華やかなところねぇ。そいつぁ、いい!なら連れてってやるよ!」

 「…!本当か!」

 「あぁ!死んじまうほどとびきり華やかなとこに連れてってやる!」


 実は期待していたのだ。ハクエもクロも多少なりとも座学に通じる特訓を課してきた。しかし、この男、ケイヤならば小難しいことは言わずにひたすら特訓をするのではないかと。

 その考えは当たっていたのかもしれない。まだ見ぬ華やかな景色を求めて、心を躍らせていた。













 「は、話と、ち、違う、ぞ。」

 「あー?何がちげぇんだ?華やかだろ?死んじまうくらい!」

 「本当に死んでしまうだろう!?」

 

 巨大な蔓に追いかけられながら、息を切らして必死に言葉を紡ぐ。

 完全に騙されていた。確かに、ここは華やかな場所だ。空気も澄んでおり、花も咲き乱れ、おまけに空の色もなんだか変だ。

 一言で表すなら華やかさよりも歪がまさる空間である。


 「どぉした!セイジ!ちんたらしてたら追いつかれて食われちまうぞ!!」

 「は、は、お、俺は、もやし、なんだろ。き、きっと美味くなんか、な、ないぞ。」

 「はっはっはっ!食人植物にゃあ、言葉は通じねぇよ!走れ!走れ!」


 せかされて手足を必死に動かす。フォームも何も無いぐちゃぐちゃな体勢だ。陸での犬かきのようなもの。

 無駄な体力を持っていかれ、さらなる疲労が襲いかかる。幸い、太陽は禍々しい空気のお陰で此方に注いではない。

 そのため、これ以上体力が持っていかれることはないが、そろそろ限界だ。


 「うわっ!」

 遂に蔓によって捕らえられたセイジは、そのまま晴れて栄養分へと成り果てる。ことは流石になかった。


 「そろそろ休憩かぁ!!」

 足に絡みついた蔓を、先に走っていたケイヤが切り落とす。重い一撃を食らった蔓は動かなくなり、地面に残留した。


 それを見てようやく心が休まる心地になった。へたり込むように地面へ腰を降ろして呼吸を整えよう。

 そう思っていたが、背中に衝撃はしる。


 「待て待てぇ!直ぐに立ち止まんじゃねぇ!」

 「へ、へぇ?お、俺は、も、もう、走れないぞ?」

 「走る必要はねぇよ。ただ休みにしてもちっとは歩いてクールダウンしてから座れ。」

 

 

 正直そんなことをせずに、今直ぐにでも座り込みたかった。だがそんなことをしようものなら背中をぶっ叩かれてしまうので、渋々歩くことに。

 とんだスパルタ教育だと思いつつも、心拍数が落ち着いてクールダウンした頃には元気は戻っていた。人間の体は不思議なものだ。



 「お?クールダウンはしまいか?」

 「あぁ。それにしても、まさかこんな所に連れてこられるとはな。」

 「はっはっはっ!気に入ったか?」

 「殺されかけて気に入るわけがないだろう!?」

 

 「でも眺めは悪かぁねぇだろ?」

 「……それもそうだな。だが、1つ問題がある。」

 「問題だぁ?」

 「あぁ。ここは鮮やかすぎてな。貴様の明るい髪は保護色になって見失ってしまう。」

 「そんな冗談言えるんならそろそろ再開だな!」


 

 そういうかと思えば、ケイヤは付近の石を持って適当な場所へと投げた。

 何をしているのかと考えたが、答えは嫌でも分かった。


 石が投げられた後、此方に向かって蔓が勢いよく向かってきたのだ。

 「な、何をしているんだ!?」

 「何って、特訓だろ?オメェのための。」

 「これが!?」

 「あぁ。今のオメェには筋力も持久力も瞬発力も足りねぇ。だから、手っ取り早く付けるためにこれよ。」


 これはつまり、食人植物との追いかけっこというわけか。あまりにもハードではないか。これなら平野でのトレーニングの方が良かったかもしれない。


 

 「ほら、来たぜ!逃げろ逃げろ!」

 生憎自身の力で倒せるほどは未だ成長していない。つまり、打てる手は逃げの一手というわけだ。

 「く、くそっ。」

 悪態をつきながら体に鞭打ち走り出すのだった。













 「つ、疲れた。俺はもう一歩もあるけんぞ…」

 「はっはっはっ!お前はホントに弱っちぃなぁ!」

 

 疲れた体にケイヤのバカでかい声が染み渡る。日はすっかり暮れていた。


 「そろそろ帰る頃合いだな。早くふかふかのベッドに身を任せたい…」

 「残念だが、そりゃあ無理だ。今日はここで泊まりだぞ?」

 


 「ここで?」

 「おう。」

 「誰が?」

 「俺とオメェだよ」

 「ジョークか?」

 「まさか。」



 


 ということで残念だが低反発のベッドとは未だ再会出来ないらしい。今日のお供はふかふかでなく、くさくさのただの植物性ベッドだ。

 「む。案外悪くないかもな…」

 「お気に召したか?もやし坊っちゃん?」

 「いや。やはり俺にはあのベッドしかいない。」

 「ははっ、そうか。」






 植物で作った即席のベッドに座って上を見上げる。周囲には明かりがなく、導いてくれるのは星の光だけであった。

 だがその光は決して頼りなくはない。むしろ頼もしい程に強く輝く光は、都市にいては気付けなかっただろう。





 「綺麗だ…」

 思わず呟く。息をするように、自然に。

 それを聞き取ったケイヤは誇らしげに言う。



 「だろ?」

 「………。お前はここが好きなのか?」

 「おっ、よく気付いたな。そりゃあ大好きだよ。何せ、ここは俺の生まれ育った場所だからな。」



 「ここが?」

 「あぁ。って言っても育ったのは人がいる集落で、だ。」

 「お前なら食肉植物とも過ごせそうだがな。」

 「馬鹿言うんじゃねぇ。ガキの頃は今よりもっとちんまくて可愛かったんだぞ?」

 「想像し難いな…」



 隣に座るケイヤは恵体で筋肉があらゆる所についている。こんな彼に可愛らしいといった形容詞がつくとは到底考えられなかった。




 「ほら、そろそろ寝るぞ。」

 「まだ早いんじゃないか?」

 「体づくりにゃあ、睡眠が一番なんだ。わかったらさっさと寝ろ。明日は早いぞ。」

 


 そう言った彼は短い赤髪を大胆に床へ付けて、目を閉じてしまった。

 話し相手も居なくなったので、大人しく寝ることにしよう。明日の訓練へ備えて。




 


 ぼーっ、ぼーっ。

 何の生き物だか分からない鳴き声がする。

 

 ぼーっ、ぼーっ。

 随分近くで聞こえる。近くというか、ゼロ距離というか。


 ぼーっ、ぼーっ。

 「うわぁっ!?」


 目を開ければ、直ぐそこに奇抜な色をした鳥が数匹いた。

 一匹はただひたすらに鳴いている。他はというと、


 「やめろー!俺の髪は貴様らの食料じゃない!」

 むしゃむしゃ髪を咀嚼していた。中には力の強い鳥もいるようで、このままでは髪が根こそぎ持っていかれそうだ。



 「金ならいくらでも出す!誰が助けてくれ!!」

 「だぁから!すぐ金で解決しようとすんな!」

 無我夢中に叫んだ訴えは何処かへ行っていたのか、ケイヤに届いたらしい。

 彼は強い腕の力でひっつく鳥を下がらせる。



 「お、俺の髪が…」

 「あーあ。小綺麗にしてたのに、残念だなぁ。まっ!男ならそんぐらいで丁度いいんじゃねぇのか?」

 「そんな訳ないだろう。助けてくれたのはありがたいが、俺の触り心地良い髪が傷んだんだぞ。」

 「知らねぇよ…」



 鳥の唾液でキシキシのベトベトになった髪に手をやる。当初泊まりだとは知らなかったため、櫛なんて持参していない。

 自慢の整った茶髪がなんだか汚らしくなってしまった。



 「それよか、朝飯食ったら特訓だ!」

 日は昇っていないというのにケイヤは既にフルパワー状態。元気に腕を回す姿が羨ましくて仕方ない。

 未だぼんやりとする頭で体を何とか動かして朝食をとることにした。







 「む。今日は平野での特訓なのか。」

 「なんだぁ?あっちが恋しいのか?」

 「いや、まさか!ここで特訓をしよう。今すぐしよう。」

 彼の気が変わる前に始めてしまおう。でなければ、またあの食人植物や鳥とよろしくしなければいけなくなる。



 「そんじゃ目印を作ったから、合図するまでそこの間を走れ。」

 そう言った彼の立つ場所の近くを見ると、目印が2つあった。

 ちょうど目印を結ぶと一直線になり、その間50メートル程だ。


 「ほらほら!走れ!」

 「あ、あぁ。」

 昨日と比べれば数百倍マシになったトレーニングに喜びつつ、2つの目印の間を走り続けた。





 「よし!休憩だ!もちろん、直ぐに立ち止まるなよ!」

 「りょ、了解。」

 やっと朝日が拝める時間帯。昨日と同じように速度を落としつつ、休憩に入る。



 「ふーっ。疲れた。」

 「はっはっはっ!これじゃ、まだまだもやしだな!」

 「そのようだ…気が遠い…」

 


 これから本当に強くなれるのか、早くも不安に駆られつつ腰掛ける。隣にはケイヤが座る。

 そんな2人に声をかける人がいた。



 「あれ?ケイヤさんじゃないですか!」

 「ん?オメェは…」

 「育成学校の後輩です!覚えていますか?」

 「あぁ!覚えてるぜ!蟻の巣に水を流し込むのが好きだった奴だろ?」



 「何だ、その狂気的な趣味は…」

 「いやぁ、お恥ずかしいですね。学生の頃の話ですよ。」

 照れて頬をかく後輩だが、今はその笑顔が少し怖い。



 「それより、こんな早くに何してんだオメェ?」

 「あはは。追放ですよ。追放。」

 「追放?」

 「はい。僕、パーティから追放されちゃって。悔しくて悲しくて、顔も見たくないって、街を飛び出してきちゃいました。」


 「何で追放されちまったんだぁ?オメェは真面目だったろ?」

 「まぁ、需要ってやつですね。僕のパーティはとにかく戦力が足りなかったので。」

 「ふーん。ってことなら、俺がまた稽古してやるよ。」



 「いえ平気です。」

 「いいのか?」

 「はい。どれだけ頑張っても強くなれない人っているんです。それがきっと僕なんです。だから、もう強くなるのは良いかなって。」

 「……。オメェ、」

 「あ!僕、急いでるので、それでは!」



 眉を下げた後輩はそれだけ言って足早に別れてしまった。

 ケイヤは何かを言いかけていたが、急ぐ後輩を引き止めることはできなかった。

 背の高い彼の表情はよく見えなかった。それでも、下から眺めた彼の顔は決して明るいものではなかった。



 「……。大変なのだな。お前の後輩は。」

 「みてぇだな。」

 「頑張っても強くなれない人間か……。」



 後輩が言っていた頑張っても強くなれない人間。それはきっと自分にも当てはまるのではないか。

 だって育成学校での学びは何かに結びつくこと無く、結果としてパーティのメンバーに迷惑をかけてしまったのだ。

 今は皆が特訓に付き合ってくれている。だがそれが結果に結びつかなかったら、彼らの時間を無駄にしていたことになるだろう。



 それなら、いっそ、

 「…ケイヤ。やはり俺の特訓はやめにしないか…」

 「…。俺達の時間を無駄にしたくねぇなんて理由で言ってんならそれは聞けねぇぞ。」

 「だがお前たちはより強いギルドを目指しているのだろう?」

 


 「そうだな。でもそれがオメェを見捨てる理由にはならねぇ。」

 「………。俺は怖くなってきた。今、この時間も無駄になってしまうのではないかと。」



 不安を吐露する。今まで何とか前向きに意気込んでいたが、消えない不安は心中に広がるばかりなのだ。


 「オメェが考えるべきなのはそんなことじゃねぇだろ。」

 「え?」

 「今、考えるべきなのは、どうやって強くなるかだ。甘ったれて立ち止まんなよ。俺は優しくねぇかんな。」


 肩を勢いよく叩かれる。それ以上、何かを言う気配はしなかった。言葉はなく、後は行動しろと言われているようであった。

 ケイヤ自身は優しくないと自称したが、それでも背中を押してくれることが嬉しかった。



 ケイヤの顔を見る。後ろには昇ってきた太陽が顔を覗かせていた。



 「ケイヤありがとう。」


 それだけを彼に伝えて特訓へと戻ることにした。

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