<第92話> N県警本部長からの電話
N県警本部長から青野刑事部長に一本の電話が入った。
「娘の曜子が先日退院しました。
父親は、『娘の体調は、まだ芳しくない』と主張し、自身と娘の捜査協力を拒否し続けている状況です。
しかしこのままでは捜査の進展が望めない為、今週末に村長宅を訪問して、直接二人から話を聞く計画を立てています。」
本部長は、自宅訪問を行うことにより、半強制的に捜査協力を押し進める計画を立てていた。
事前に捜査資料を読んで、今までの捜査方針を知った青野は、
(きっとそのように決断すると思っていましたよ・・・)
と電話口の心の中で答えていた。
そして青野は、もちろんその言葉は一切口に出さずに頷きながら、
「そうですか、ご連絡どうもありがとうございます。」
とだけ答えた。
そして彼は、準備していた話を続けた。
「週末に村長宅に伺うとのお話でしたが、その際に私も同行しても宜しいでしょうか?」
「刑事部長がわざわざ自ら現場に向かうのですか?」
本部長は、驚きの声を上げた。
驚くのは、至極当然の反応だった。本部長は、自身がこの役職になってからというもの、一度たりとも現場に赴いた事が無かったからである。
「ええ、本部長からお許しをいただけるのでしたら、是非そうしたいと思っています。
実は、拝見させて頂いた捜査資料を読んで気になった点が幾つかありまして・・・。
それを確認したいと、丁度この週末そちらに伺おうと計画していた所なんですよ。
本部長の捜査を進めるタイミングと上手く予定が合ったようで、全く嬉しい限りです。」
青野は、偶然を装っていたが、明らかに本部長の捜査予定に合わせて自らの計画を進めていた。
「ほぉ、資料に気になる点があったのですか?
それは一体どんな・・・?」
本部長は、すぐに青野が気にした点についてたずねてきた。
「いやいや、これは本部長にわざわざお話する以前の、資料内容の再確認という段階の話でして・・・・。
もちろん確認が取れ次第、本部長にもお話させて頂きたいと思っているのですが・・・、
本部長、今週末の村長宅への訪問後のご都合はいかがなものでしょうか?」
「うん?
その私への予定の確認は、青野刑事部長がこちらに来た後、捜査終了後に全てをまとめて私に報告してくれるという事だね。」
本部長は、巧みな青野の話術に既にはまっていた。
青野は、現時点で捜査の疑問点を話す事よりも、自分が最後に本部長に捜査の報告をするという事に関心を寄せたのであった。
本部長は、早速青野の蒔いた餌に飛びついてきた。
そうです。N県警本部長は、『今回の捜査方針の決定事項を青野刑事部長が担った』という方向で話が進められるチャンスがついにやって来たと判断したのです。
だからこそ本部長は、わざわざ電話口で再度の念押しを青野にさせる事を忘れなかった。
「はい、その予定です。
そちらにお伺いした際には、必ず最後に本部長にお時間を作っていただいて、全てをご報告してからこちらに戻りたいと考えております。」
青野は、その誘導通りの回答を答えた。
「そうか、じゃあ宜しく頼むよ。
因みに、村長宅には午後一時に訪問予定なので、正午には対策本部に顔を出す様にこちらに来てくれ。」
本部長の今の話に、青野は少々面食らっていた。
(そうか。私の到着予定時刻をたずねる前に、既に計画している通りの予定に私の都合を合わせるように指示してくるのか。)
だが、N県警の捜査に便乗させてもらっている身の上なのは確かだった。
「承知しました、では正午に捜査本部に伺います。」
青野は、答えた。
「うん、そこで担当刑事と合流してから、一緒に村長宅まで行ってくれ。
それでは刑事部長、宜しく頼むな。」
本部長は、非常に明るい声で満足げに電話を切っていった。




