<第9話> 父のひとり言
息子の昴が卒業旅行の計画を話し終えて就寝した後、リビングのソファーにまだ父は座っていた。
机の上には、冷やしたビールを注いだグラスが置かれていた。
一人で晩酌をしながら、息子が偶然発見した『光輝夢村』という文字を思い出していた。
「あの村か。あの事件からもう10年が経つのか。
村は、事件の後に市と統合されて無くなったんだったな。
そして当時の市長は、村で起きた残酷な事件の噂の影響で、減少してしまっていた離島への観光客を取り戻そうと、合併後に躍起になってあの村の痕跡を消したと聞いている。
昔の県や市のホームページの観光案内にも美しい海岸として紹介されていた画像だったから、きっと何処かに手違いで画像が残ってしまっていたのだろうな。
久しぶりに名前を見た時に、思わず事件を思い出して渋い顔をしてしまったが、その表情をすぐに気が付いていた様子の昴は、なかなか観察眼のある子だな。
さて、昴が持っている情報は、海岸写真一枚と、読み方も分からない村の名前の漢字表記のみ。
このような少ない捜査資料の状況で、息子は八年前にその痕跡が消されてしまった村を発見する事は出来るのかな?
まぁ、名探偵とは当然いかないまでも、さながら少年探偵としてどのような捜査を進めるのか楽しみだ。」
息子の卒業旅行がどのようなものになるのかを考えながら、父はグラスのビールの残りを一気に美味しく飲み干した。