<第72話> 父は恩人 ①
「君のお父さんには、あの事件の時本当にお世話になったんだ。
あの時、私を助けてくれたんだよ。
その事は、君も知っているのかい?」
村長が青野にたずねてきた。
「『助けた』ですか?
事件を解決する為に現場に行き、そして村長さんに会って話をしたとは聞いていますが、助けたというような話は特別に聞いてはいないです。
村長さんのその話は、父の捜査が事件の早期解決の役に立ったので助かったという事ですか?」
「いいや、そうではないんだ。
そんな間接的な話ではないんだよ。
私があの事件で困っていた時に、本当に助けてもらったんだよ。
そうあれは、娘が恐怖のあまりに事件に関する記憶を無くして意識を回復した直後だったよ。
N県警の刑事さんが、事件解決の為に、娘から話を聞きたいと私に言ってきたんだよ。
私は、その刑事さんに『意識は回復したが娘は事件の記憶を無くしている』と、説明したんだよ。
だが、『娘が事件現場にいた唯一の生存者だから、直接話をどうしても聞きたい。それに話をすればもしかしたら事件の記憶も戻ってくるんじゃないか。』とまで言って引かなかったんだよ。
随分無慈悲な話だと思わないかい。
当時の曜子は、まだ10歳の女の子だったんだよ。
その小さな娘が、殺人事件の現場に居合わせて、その恐怖のあまり記憶を失ってしまうという経験をしたんだ。
それを事件の話が聞きたいからと、無理やりにでも思い出させる為に、あの刑事さんは、話を聞きたいと迫ってきたんだからね。
私は、お医者様から、『娘が自己防衛の為に記憶を失った可能性もある』と言われた話もちゃんと説明したんだ。
『事件の記憶が戻ると娘の精神状態が耐えられないかもしれないから、娘の身体が娘の事を守る為に記憶を無くさせている可能性がある』と言われた話だよ。
それを承知の上で、まだ事件の話を娘から直接聞きたいだなんて、私には、とても尋常な判断だとは思えなかったんだ。
事件後に帰宅した私からの事件現場の話だけでは足りないと言い続けて、私は本当に困惑していたんだよ。」




