<第6話> 就職活動
僕の名前は、青野 昴。
たった今、まだ非常に大雑把な計画であるという指摘はされてしまったが、父親から卒業旅行の許可を得た所だ。
そうです。卒業旅行の計画を立てたということは、無事に就職先も決まった大学四年生である。
こう話してしまうと、いとも簡単に就職が決まったかのように思う人がいたかもしれない。
いやいや、そうでは無かったんです。
実はとてつもない苦労をしたんですよ。
だから聞いて下さい。
その苦労した就職活動の話も。
まず、僕は国家公務員試験のⅠ種を受験した。
ご存じの方もいるかと思いますが、この職種は国家公務員の中でいわゆるキャリアと呼ばれる、幹部候補を養成するための登竜門と言われている試験です。
合格率は、受験生のたったの5%のみ。
更にその難易度から、全受験生の構成比率を見て見ると、40%は大学院卒なのである。
僕のような現役の大学生。つまり在籍している学部卒の比率なんて、わずか10%なのである。
そして更に、そんな難関の試験を合格しても、まだ就職活動は終わりではありません。
いや、むしろここから本格的に、就職先を選択するための道のりが始まるのである。
次のステップとして、実際に就職を希望する官庁へ訪問をして、面接を受けなければならないのだ。
そんな半年にも渡る就職活動の実働期間を経て、ようやく第一希望の警察庁への入庁が確定したのである。
この僕の渾身の就職活動の成果に、父は当然の事だったが、すっかりご満悦となった。
何を隠そうわが父は、警視庁を総括している警視総監なのである。
若かりし頃の父は、自分の持つ理想に従って、今の自分と同じ道を歩み始めた。
そして日々の努力を惜しまず、今の地位を築き上げた生え抜きの人物なのである。
そんな父の出世の話は、小さなころから母から教えてもらっていた。
今の話を聞いて『なぜ父親本人から聞いていないのか?』と思った方もいるだろうか?
その理由は、まだ少年だった僕が、毎日の規則正しい生活時間を両親から決められていた事に起因している。
つまり僕は、早寝をしていたのである。
そうなると毎日不規則な勤務時間で働き、帰ってきたとしても帰宅時刻がとても遅かった父本人からは、話を聞ける時間などほとんどなかったのだ。
しかし母から父の話を聞き、カッコイイと父をとても尊敬していた僕は、幼心に、
「僕も、大きくなったらお父さんのような人になる」と言っていたそうである。
やがて大学生まで成長した僕が、幼少期と同様に、『父と同じ道に進みたい』と改めて将来の自分のなりたい職業について正式に口にした時、両親は最初は驚き、そして応援してくれた。
なぜ驚きが入ったのかを補足すると、やはり激務(しかも命の危険も伴う)がその理由であり、自分の子供には出来る事ならば違う道を選んでもらいたいと考えていたからだそうだ。
「大変な事も多いが、やりがいのある仕事だと私は思う。
自分で決めた進路だ。頑張るんだぞ。」
就職が決まった僕に、父が掛けてくれた言葉だ。
そして後日母からこっそりと聞いたのだが、自分と同じ道を進みたいと息子の僕が言ったことは、何より父には嬉しかったらしい。




