<第52話> 応接室にて
「それじゃあ、青野さん。
さあどうぞお上がり下さい。」
なんと春子は、村長の隣に立ち、青野を招いていた。
つい先程まで、青野と同じように驚いていたはずの春子。
しかしその春子は、すぐにスタスタと玄関先に向かうと、クルリと踵を返して、村長の隣で微笑んでいたのである。
その彼女の順応力の高さに、青野は思わず少しだけ吹き出してしまっていた。
こうして青野は、二人に招き入れられて、村長宅に上がった。
青野は、応接室に通された。
純和風の畳の間で、襖で囲まれたその部屋は、い草の青い芳香が漂っていた。
その部屋の中央には、樹齢は一体何千年の樹木の幹なのだろうかと考えてしまうような、とても見事な一枚板の座卓が置かれていた。
その座卓の周りに置かれた座椅子には、ふかふかな座布団が乗っていた。
「青野さんは東京から来たんだったね。
正座はしたことがあるのかな?
田舎の住宅なもので、不便をかけるね。
最初から崩して座ってくれて構わないからね。」
村長は、青野に席をすすめながら先に慣れた様子で正座していた。
「大丈夫です。
子供の頃に剣道と空手を習っていたので、正座をするのは慣れています。」
青野も正座をしながら、笑顔で答えていた。
「ほお。
小さな頃から武道を嗜んでいたなんて、まるで幼少期から、既に警察官になる事を志していたかのようだね。」
村長が楽しそうに答えた。
「そんな事はありません。
どちらも初段を取得した時期に辞めてしまっていますから。
親が僕に合うものを見つける為に、小さな頃に色々な習い事をさせてくれていたんです。
スイミングや英会話、サッカーもやりました。
あいにく僕には球技のセンスが無かったようで、サッカーはあまり長くは続きませんでした。
そしてその他の習い事もどれも1級になったタイミングで辞めてしまっています。
東京に住む他の友人の多くもそうでしたが、受験勉強の為に通い始める学習塾への通塾時間の比率が高くなるにつれて、他の習い事を続けるのが段々難しくなってきてしまったんです。
こんな自分ですから、結局一番長く続いた習い事は、学習塾でした。
ですから、警察に必須と言われている武道は、『とりあえず基本は習得済みです』と言える位のレベルなんですよ。
もちろん今後は積極的に練習に参加して、精進していくつもりです。」
青野が照れ臭そうに話していた。
「そんな、今の話は謙遜するような事じゃない。
いやむしろ素晴らしい事じゃないか。
君は、本当に気が付いていないのかい?
それとも、わざと謙遜しているフリをしているのかい?」
村長は興奮していたのか、少し声が大きくなって話していた。
「えっ!何がですか?」
青野がたずねた。
「習い事の話だよ。
とても素晴らしい事だと私は思ったんだがね。
学習塾の為と言っていたが、適性があったものは、キチンと習得したと話せる初段や1級まで続けていたし、その学習塾も受験が終わるまで通い続けたんだろう。
どれもそこまで続けたことは、根気と努力が必要な事だったと思うよ。
だからそれを続けていた君は、素晴らしいと褒めたんだよ。
決して謙遜するような話ではないじゃないか。」
村長は、嬉しそうに話していた。
「ありがとうございます。
そんな風に言っていただけると、僕も嬉しいです。
でも僕が習い事をそこまで続ける事が出来たのは、両親のおかげなんです。
両親から、『辞めるのは、それなりの所まで続けてからにした方が良い』とアドバイスを受け、応援してもらっていたので、僕は頑張れたのだと思います。」
青野は、真面目な顔をして答えた。
(ほぉ、自分ではなく両親のおかげと説明するのか・・・)
「ふむ、春子さんの言う通りだな。
確かに君は好青年だ。」
村長は、頷きながら言った。
(まだほんの少し話しただけだが、春子さんが気に入ったのもなんとなく分かった気がする。
しかし旅館で話していた話題で、青野さんは私を誤解したと言っていた・・・。
その話題というのはきっと・・・。
このまま雑談をしていても、彼もきっと困る事だろう・・・。
もう腹を決めるとするか。)
「ところで、青野さん。
単刀直入に伺おう。
春子さんの旅館で私が出てくる話題をしていたそうだが、君はこの島で起きた昔の事件の事でも調べているのかい?」
青野の目の前には、先程までの笑顔が消え、真剣な表情をした村長が座っていた。




