<第5話> 卒業旅行
「・・・・。
その廊下を右に行けばいいんですよ。」
春のそよ風のような穏やかで優しい声だった。
今思い返せば、何故あの時立ち止まってしまったのだろう。
いいや、そうじゃない…。
そう僕はきっと、あの時、あの場所であの娘と出会う運命だったんだ。
「父さん、お帰りなさい。
今日も遅くまでお仕事お疲れ様でした。」
珍しく父の帰宅時刻まで起きて待っていた僕は、父が帰宅してリビングに入って来ると、すぐに話しかけていた。
「ただいま、昴。
こんな遅い時刻なのに珍しいな。
今日はまだ起きていたんだな。」
父が僕を見て、少し驚きながら答えた。
「父さん、聞いてくれる。僕ね、思い付いたんだよ。
卒業旅行は、国内の秘境を探検してみようと思っているんだ。
どう思う。ワクワクするような計画だと思わない。」
僕は、唐突に自分の卒業旅行の計画を父に話し始めた。
「昴は、一体何処の国の話をしているんだい。秘境なんて場所が今の日本に残っている訳が無いだろう。
まぁ、国内の珍しい場所、あまり人が住んでいないような場所を見つけて旅行をしてみたいという事なら、本島じゃなくどこか小さな島を探して訪れてみれば、それに近い体験が出来るかもしれないな。
とりあえず地図帳とにらめっこでもしながら行先の目星を付けてみなさい。
まずその『秘境』と呼べるような場所を探してみる事から始めてはどうかな。
そしてもう少し具体的な行く場所が決まってきちんとした計画になってから、またその話の続きを聞かせてくれないか。」
最初は訝し気な表情を少し見せた父だったが、最後には笑顔でそう答えてくれた。
僕の意見には、何事も否定せず、いつも応援してくれる父らしい回答だった。