<第40話> 噛み合わない会話
「あっ、お父さん?
お父さんがお家にいるの珍しいね。」
曜子は、目の焦点が定まってくると、自分が家にいない事に気が付いたようだった。
曜子の瞳が部屋を見渡すように動いた。
「あれ、ここどこ?お家じゃない!
ねえお父さん、お母さんは?お母さんは今何処にいるの?」
父がいる時は、必ず母もその近くにいる。それが曜子にとっては、ごく当り前の状況だった。
しかし今は、父がいるのに母の姿が見えないのだ。
だから曜子は、不思議そうな顔をしながら父にたずねていたのだった。
村長は、娘の質問に一瞬困惑した。
(もしかして麗子の死を、曜子はまだ知らないのか?
事件の時・・・、曜子の意識があった時にまだ麗子は生きていたのか?
考えている時間などないぞ。曜子を不安にさせてはいけない!)
村長は、順番に説明していこうと決めた。
「曜子、いいかい。
ここはね、市立病院だよ。
お母さんは、・・・
亡くなったよ。」
村長は、麗子・・・、曜子の母の死を口に出して伝える事がまだ本当に辛かった。
口に出そうとして、やはり言葉に詰まってしまった。
それでも彼は、悲痛な顔を浮かべながらも静かに伝えた。
「亡くなった!?
お父さん、何を言っているの?
変な冗談は止めてよ。」
曜子は、真顔になっていた。
彼女は、上半身を飛び上がるように起き上がらせながら父に言った。
「いいや、私は冗談なんて言っていないよ。
曜子のようには、助からなかったんだよ。
お母さんはね・・・、もう死んでしまっていたんだよ。」
村長は、もう一度ゆっくりと同じ事を繰り返した。
「私のように助からなかった?
どういう事?
私も死にそうにでもなったの???
お父さん、さっきから何を言っているの?」
曜子が今度は不安そうな顔をしながら答えた。
「曜子?
曜子、ちょっと待ちなさい。」
村長は、更に困惑した。
それもそうだろう。
村長が帰宅した自宅は、殺人事件の現場そのものだった。
あの血の海のようになっていた現場の光景から、娘が母や自分の身の危険を何も感じていなかったような返答をしてきた事に、とても理解が追い付いていかないのだ。
そもそも曜子が母親の死について何も知らないという態度を取っている事にも驚きを隠せなかった。
(曜子は、さっきから何を言っているんだ?)
村長は、ついに返答に詰まってその場で固まってしまっていた。
「お父さん?
どうして何も答えてくれないの?」
曜子は、更に不安そうに父に話し掛ける。
「ああ、すまん。
ちょっと、待っておくれ。」
村長は、今できる精一杯の返答を慌ててした。
彼は、娘の不安そうな声に安心させてあげられる何かを答えなければと頭の中をフル回転させた。
「そうだ。
お前の意識が戻ったら、先生を呼ぶように言われていたのを今まですっかり忘れていたよ。
ちょっと待っていなさい。今すぐに先生を呼ぶから。」
村長の頭の中に不意に『娘の意識が戻った時は、先生を呼ぶ』と言われていた事が思い浮かんだ。
村長は、助けを求めるように慌てて先生を呼ぶためのナースコールを押していた




