<第29話> ボート
「すみません、教えて下さい。
今話に出てきている曜子さんって、先ほどボートを貸したと話をしていた時の村長さんの娘さんの事ですよね?
という事は、事件から十年も経った今でも、まだその後遺症の影響で体調が悪いという事なのですか?」
僕は、少し驚いてたずねた。
「いいや、それは違うよ。
その時村長さんにボートは貸したけれど、それは、曜子さんがまた気絶したって話じゃなかったよ。
確かその時は、インフルエンザで彼女が高熱を出したって言っていたはずだよ。
それにね、娘さんの通院で使うから、しばらく貸していて欲しいとお願いもされたんだ。
あの島は観光客も減って、島民も随分減ってしまったから、もう定期船が廃止になっていてね。
タクシー船はまだいるんだが、こっちからしか出ていないから、毎回呼ぶのに随分時間がかかるんだ。
そんな状況だから、あの島には余っているボートなんてほとんど置いていないんだ。
つまりな、島の人が何かの用事で島の外に出る時には、タクシー船か、自分でボートを準備するか、船を持っている俺ら漁師にお願いしないといけないんだよ。
だから曜子さんの体調が悪くなった時に直ぐに病院に向かいたいから、その為に手元に準備しておきたいと村長さんにお願いされたんだよ。」
達也が曜子さんの体調や船を貸した経緯を丁寧に説明してくれた。
「うん、さすがだね。
今このタイミングでさっきの船の話をちゃんと思い出してくるあたりが、やっぱり青野君だ。
頭の回転が速いよね。」
義夫が楽しそうに言った。
「でもよ、たっちゃん。俺も今思い付いたんだがいいかい?
あのさ、俺らもさっき船が無いなって困ったから、そろそろ村長さんの所にボートを回収に行かないか?
そうだな。なんだったら、今日これから一緒に取りに行くか?
船を取りに行ってこっちに帰る頃には、酔いも冷めて俺もちょうど運転が出来るようになっていると思うぞ。」
義夫が閃いたとばかりに続けて言った。
「ん?義夫の話は、また急な思い付きだな。
でも・・・、そうだな。
じゃあ今から行って村長さんがいるようだったら、回収しようか。」
どうやら達也も乗り気になってきたようだ。
「えっ、今から黒バラ村に行くんですか?」
僕は、突然の展開に驚いてたずねた。




