<第2話> 酒の肴
黒川は、普段人の内面について聞いてくるような人間ではない。
どちらかと言うと心に秘めている男である。
その黒川が酒の力を借りたからなのか、珍しく青野に聞いてきた。
「なあ、青野。
俺は、本当にお前と一緒に仕事を組めて良かったと思っているんだ。
だが最初、新米のお前がいきなり捜査一課に配属されて来て、しかも課長が俺と一緒に仕事をするように言った時は、内心『ボンボンにこの仕事の何が出来るって言うんだ。』とお先が真っ暗になったと思ったんだぞ。
お前の第一印象は、そもそも噂が先行していたからな。
お前は警視総監の息子で、キャリアだ。そんなお前が、捜査一課に配属されて来たのは、絶対に『腰掛け』という噂だよ。
だが、噂に反してお前は非常にやる気に溢れた若者だった。
どんな事件にも真摯に取り組んでいた。
俺はこの事実を本当に嬉しい誤解だったと思っている。
思っているが、お前本人に確認した事が今まで一度も無かったのも事実だ。
なあ、一つ教えてくれ。
お前が刑事になったのは、やはり父親の影響なのか?
将来父のように偉くなりたいという志で、、そんな通過点として今のお前はここに勤めているのか?って話だ。」
ここまで話した黒川が、言った事を後悔したのか、少し慌てて話を付け加えて来た。
「すまん。
勿論、言う言わないは、お前の自由だ。
言いたくない話なら俺だって無理強いしてまで聞こうとは思っていないからな。
これは本当だぞ。
いやぁ、すまなかった。
俺は噂を信じない。本人に会って実際に話をして、自分で感じた印象でその人物を信頼してきている。
だから、さっき話したようにお前の第一印象が噂に流されてしまったのは、本当にすまなかったと思っているんだ。
お前は、根っからの刑事だよ。
俺が太鼓判を押してやる。
だがな、時々。
・・・本当に稀にだぞ。
ふと不思議に思う時があるんだよ。
『お前程のキャリアのある人間が、どうしてこんなにも刑事という仕事に一生懸命打ち込んでいるんだってな。』
いやぁ、本当にすまなかったな。」
自分から話を始めたと言うのに、黒川はすっかりこの話題を終わらせようとしていた。
青野は、そんな黒川の様子を見ながら、この人と一緒に仕事が出来て良かったと思っていた。
そして、ゆっくりと話を始めた。
「ありがとうございます、黒川さん。
僕は、刑事としての経験を黒川さんから教わっている事を良かったと思っています。
確かに、僕が刑事になろうと思ったのは、父の影響が大きいです。
父はキャリアですが、彼も若い頃、今の僕と同じように刑事として捜査一課でも実際に捜査に加わっていたという話なのですが、黒川さんもそれはご存じですか?」
青野は黒川に尋ねた。
「ああ。頭脳明晰で的確な状況判断に優れていた総監は、数々の事件を解決に導いたと聞いているよ。」
黒川が即座に答えた。
「そうですか。
そんな風に言われているのですね。
やはりさすが父さんだ。」
青野が感心しながら答えていた。
「黒川さん、私は父のそんな話を誇りに思っています。
ですが父の事を尊敬しているのは、それ以上に、人間味に溢れた人物だからなんですよ。
そう、父は黒川さんに似ている所があるんですよ。」
青野が笑顔で話していた。
「なんだ。
急に父親だけじゃなく、俺のことまで褒めて来たりして。
そうか、今日の勘定を俺に奢らせるつもりなんだな。」
急に自分の事を褒められた黒川が、照れ隠しに言葉を挟んだ。