<第18話> 通 称
「兄ちゃん、いや青野さんは、まだ若いのにちゃんとした人なんだな。
俺は、あんたみたいな人間をいいと思うよ。
まぁ、今時珍しい、バカ正直者かなって思うがな。」
義夫が笑いながら言った。
「えっ、どうもありがとうございます。」
僕は答えた。
「おおい、なっちゃん。
店の中、だいぶ空いてきているな。
じゃあ今から奥の方のテーブルを、俺らが使ってもいいか?」
義夫が、カウンターの奥で作業をしているなっちゃんに大きな声で話し掛けた。
「好きなだけ使っていいよ。」
なっちゃんも義夫に負けない位の大きな声でカウンターの奥から作業の手を止めずに答えた。
「おう、ありがとうな。」
義夫が答えた。
「じゃあ、ちょっと場所を変えようか。
青野さん、それからたっちゃんも一緒にいいかい?」
「ええ、大丈夫です。」
僕は答えた。
「ああそうだな。
まぁ、一応店に入ってから話す方がいいのかもしれないな。」
達也が答えて、一緒についてきた。
僕たちは、一番店の奥のカウンターの近くのテーブルに移動してきた。
もう店内には、入り口付近に少しお客が残っているだけだった。
「まぁ、一応ここなら大丈夫だろうよ。
それじゃあ青野さんのさっきの質問に答えるよ。
だがな、ちょいとややこしい事情があるから、分かりにくい説明になるかもしれないがな。
あのな、青野さんがさっき言っていた通りなんだ。
そりゃあ聞きなれない名前だと思うよ。
そもそも『黒バラ島』って名前な、その名前自体が本当の島の名前じゃないんだよ。
通称って言うのか。
その島の名前を呼べないから、『黒バラ島』って俺らは呼んでいるんだよ。
黒バラ島は、元々は島の名前をそのまま呼んでいたんだ。
とは言っても、その島の名前ももう存在しないんだけれどな。
以前、島が市と合併した時に、住所から島の名前がすっかり消えてしまったんだ。
でもその島の話をする時、島の新しい住所で話すよりも、島の名前を使って話す方がみんなにも馴染み深かったし、当然理解が早いじゃないか。
それなのに、市長が条例で以前の島の名前を使用する事を固く禁じているんだよ。
だから、俺らは『黒バラ島』って呼んで、その島の事を話しているんだ。」
義夫が言った。