<第129話> ラーメン屋
「それで、曜子ちゃんは元気なのか?」
黒川がニヤリと笑いながらたずねて来た。
「曜子さんですか?
さぁ、どうなのでしょう?
多分元気に暮らしているのではないでしょうか?
・・・って黒川さん、話を聞いた感想の開口一番が、曜子さんについてってどういう事ですか?」
青野が真顔で答えた。
「いやいや何を言っているんだ、青野君。
今の話は、君の恋愛話だろ。
『実は僕、今度その曜子ちゃんと結婚をする事になったんです。』って当然続くだろう。」
黒川は楽しそうにからかい話を続けている。
「すみませんでしたね。
全然そうは続きませんよ。
もう、何を言っているんですか、本当に・・・。」
軽く飲んでいたこともあり、青野は少しふてくされてしまった。
「分かった、分かった、冗談だよ。
青野親子の人間性が素晴らしい事は、もう知っているからな。
それで、お前の若い頃の恋話を聞けたからつい楽しくなったって訳よ。
すまなかったな。
お前の若いころの貴重な話を聞かせてくれて、ありがとうよ。
でもな青野・・・、そんな事を言ってのんびり過ごしていると、婚期を逃して、お前もあっという間に俺のようなおじさんになっちまうんだぞ。
だからいい娘に出会ったら連絡をこまめに取ってだな・・・」
「はい、はい、分かりました。
すみません、以後気を付けます。」
青野は、わざと話の腰を折るように返答をかぶせた。
「青野君、その態度、いかんねぇ。
君はいつまでも若いつもりでいるようだが、もう私と同じ『おじさん世代』に片足を突っ込んでいるんだよ。
例えば君が話してくれた、当時受験した国家公務員のⅠ種試験は、いまや存在しない資格だ。
もう今年入って来る新人は、総合職と呼ばれる職種試験を受験しているんだぞ。
うっかり職場でそんな古い職種名なんぞ使ったら、お前もあっと言う間に『おじさん』の仲間入りだぞ。」
「そんな大袈裟な。
それって、センター試験が共通テストに名称が変わったのと同じような変更ですよ。
それでおじさんだなんて・・・。
どちらの呼び方を使ったとしても、僕にはあまり変わらないような気がするんですけれどねぇ・・・。」
「青野、甘いな。
その感覚こそが、『おじさん族』にもう片足を突っ込んでいるって言われるんだぞ。」
黒川が楽しそうに話す。
「それって、もしかして黒川さんがそう言っているだけなのでは?」
青野も楽しそうに返答する。
「ははは、そうか。
そうだな、すまん。
確かにお前は、今も捜査一課の最年少のままだもんな。
今年こそ、お前より若い者が入って来るといいな。
もう一人前になっているというのに、他の奴らはいつまでもお前を若造扱いしているんじゃあ、面白くないよな。」
黒川が、納得いかないような顔をしながら自分の思いを口にした。
「ありがとうございます、黒川さん。
黒川さんがそう思ってくれているなら、僕はもうそれだけで充分満足ですよ。」
青野は、本当に嬉しそうに返答した。
「青野、そろそろ帰るか。
腹がいっぱいになったら、なんだか急に眠くなってきた。」
黒川は、照れ隠しに頭を掻きながら言った。
「はい。
昨日も遅くまで働いていましたから、今日は家の布団でゆっくり眠りたいですよね。
それにしても、食事の最後まで呼び出しがかからないって、良いですね。
平和な世の中、万歳です。」
「おお、そうだな。
まあ、あまり平和が永く続くと、仕事が無くなって俺らが首になっちまうかもしれないぞ。」
「はい、そうですね。
でもそれでもいいです。
そうしたら、一緒にラーメン屋さんでもやりますか?」
「なんで『一緒に』なんだよ。」
黒川は嬉しそうに応えた。
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紗 織