<第126話> ついに語られる事件 ⑦
曜子は、母の胸に飛び込みたかった。
しかし母は、起き上がろうとせずに、そのまま曜子の顔を嬉しそうに見つめていた。
「曜子ちゃん・・・・、
良かっ・・・た。」
麗子は、力なく言った。
(麗子は、娘の元気な笑顔を見る事が出来て、本当に嬉しかった。
娘の自分を真っ直ぐに見つめる愛らしい眼差しがたまらなく嬉しかったのだ。)
「ママ、一緒に逃げよう!」
曜子は、母と一緒に立ち上がろうとした。
娘の誘いに、麗子も応えたかった。
しかし今の麗子は、もはや立ち上がる事は出来なかった。
「曜子ちゃん・・・、先に逃げて。」
麗子は、精一杯の気持ちを込めて言った。
「ううん、ママと一緒に行く!」
「おね・・・がい。」
「ううん、ぜ~~ったい、一緒!」
曜子は、はっきりと答えた。
麗子は、困惑した。
(ここまで断言しているから、曜子が一人でこの部屋を出て行く事は、ないわ・・・。
どうしよう・・・・。
あの男がもしこちらにやって来たら・・・・!)
麗子は、先程より自分の意識が薄れてきたのを感じていた・・・。
(何としても娘だけは助けなければ・・・。
どうすれば、娘を助けられるの?
どうすれば・・・守れる?)
「ママ・・・。
ママ?」
静かになってしまった母の様子を心配した娘が話しかけて来た。
「はぁい・・・。」
麗子は、弱々しく返事をした。
返事を聞いた娘は、嬉しそうに笑った。
(そうだわっ!)
「フワッ」
麗子は、最後の力を振り絞って娘の上に覆いかぶさった。
「ママ?
どうしたの?」
母の突然の行動に、娘は驚いてたずねた。
「曜子ちゃんを・・・・
守るのよ。」
「ママ?
それじゃあママは、誰が守るの?
ママが危ないよ。」
自分の盾になった母を娘は心配していた。
「曜子もママを守る!」
曜子は、母の下から出てこようとした。
「ようこ・・・、待って!」
母は、必死に止めた。
「じゃあ・・・これを・・・持っていて!」
麗子は、自分の持っていた黒曜石を娘に渡した。
「お守り。
これで・・・守ってくれたら、
ママは・・・
大丈夫・・・。」
石を受け取った娘は、それを両手で優しく握った。
「ママ、ちゃんと守るからね。」
曜子は、これで自分も母を守れると嬉しそうに答えた。
「ママ?
ママ?」
少しの間沈黙の時間が流れて、不安になった娘が、また母に呼び掛けた。
「ようこ・・・ちゃん。」
麗子は、薄れゆく意識の中で何とか応えていた。
「だいすき・・・よ。」
「うんっ!」
曜子が嬉しそうに応えた。
「知ってる。
曜子も、ママもパパもだあい好き!」
「ママ・・・も・・・・・」
麗子の言葉が・・・途切れた。
「あれ、ママ?
いつもみたいに、『ママも曜子ちゃんもパパもだあい好き!』って言わないの?
ママ?
ママ?
お返事して!ママ!」
麗子の返事は無かった。
曜子は、ずっと不安だった。
真っ白な顔をしていた母。
その顔に付いていた血。
そしていつもと違う、弱々しい母の様子。
全部気が付いていたのに、怖くて母には聞く事が出来なかったのだ・・・。
「ママ、ママぁ~~~。」
どんなに呼びかけても・・・もう母の声はかえってこなかった。
「ねえ、『ギュッ』ってお守り持っているよ!
ママ、ママ!」
「いやぁ~~~!
ママ、お願いだから返事をしてぇ~!」
曜子の精神は、これまでの男の行動や母を失ってしまうかもしれない恐怖の連続攻撃で、ついに許容範囲の限界を超えてしまった。
曜子は、意識を失った。